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村田諒太が警戒すべきはエンダムの平常心。七転八起のアフリカンは難敵か?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
これまで35勝21KO2敗。村田の刺客エンダム。(写真:ボクシング・ビート)

“ゴールデンボーイ”ロンドン五輪金メダリスト村田諒太(帝拳)の世界戦が迫ってきた。20日、東京・有明コロシアムのリング。ランキング1位で暫定王者のアッサン・エンダム(カメルーン=フランス)を迎え空位のWBAミドル級“レギュラー”王座を争う。村田は果たしてプロフェッショナルの世界でも頂点に立てるだろうか。1964年東京大会の桜井孝雄以来の五輪ボクシング金メダリスト。日本では重量級と区分される世界的に注目度が高いミドル級。そして持って生まれたスター性。村田の双肩にかかる期待はとてつもなく大きい。

日本のメディアの報道を見てもその高まりが伝わってくる。首尾よくベルト獲得となればプロ13戦目の快挙。アマチュアで華麗な実績を残したとはいえ、ミドル級の最短出世記録となる。一方、村田陣営にすれば「あと2,3試合やりたかった」というのが本音らしい。その意味ではかなりの冒険と映る。

スリルを提供する男

相手のエンダムはアフリカ中部、カメルーン出身でアマチュア時代、アフリカ王者やアテネ五輪代表(ベスト8)など功績をあげた。しかしプロキャリアは移住したフランスでスタートさせた。デビュー後27連勝してWBOミドル級暫定王者に就くも正規王座戦でピーター・クイリン(米)に判定負けで初黒星。それでも当時スター候補と騒がれたクイリンに6度もノックダウンを喫しながらフルラウンド戦ったエンダムは、その名を本場に広めることになった。

今月初め、筆者は米マイアミでエンダムを直接取材する機会があった。以前ロサンゼルスのジムで偶然会っているが、彼はそれを覚えていた。野性味たっぷりの風貌。ミドル級らしいビルドアップしたフィジカル。その肉体から繰り出される豪打。村田との攻防を想像するだけでゾクゾクしてしまう。どちらが勝つにしてもスペクタクルなシーンが頭に浮かんでくる。

迫力あるバッグ打ち。右はディアス・トレーナー(写真:ボクシング・ビート)
迫力あるバッグ打ち。右はディアス・トレーナー(写真:ボクシング・ビート)

勝敗予想は難しい。ラスベガスのオッズをのぞいてみたが、試合予定と両者の名前は列記されているものの、数字(賭け率)は17日現在、空欄になっている。とはいえ、個人的には村田が若干有利ではないかと思う。ホームで戦える利点、プロでの勢い、アマチュアでの実績の差(エンダムは昨年のリオ五輪に出場したが1回戦で敗退)などが理由。だがどれも抽象的なもので、決め手にはならない。

最近の試合で右強打が爆発する村田。一方クイリン戦から5試合後、デビッド・レミュー(カナダ)とIBF世界ミドル級王座を争ったエンダムは、この一戦でも4度倒されている。だがここでも頑張り判定決着に持ち込んだ。「エンダムはアゴに弱点があるが、最後まで試合を捨てない」というイメージが浸透している。これが村田有利の一因に結びつくが、同時にスリリングな展開が待ち受けている予測も成り立つ。

村田に無言のプレッシャー

エンダムに打たれ脆さに関して質問したが「当時はチームのサポート体制に問題があった」とかわされてしまった。以前、フロイド・メイウェザーがジムワークの最後に重いバーベルを上げ下げしてアゴを鍛える場面を目撃した。同じくこちらのジムで日本から修行にきた重量級の選手が同様なメニューをこなすのを見た。しかしエンダムは特別そんな練習はしていなかった。

アゴの弱点をエンダムは自認していると私は思っている。ムキになって打たれ脆さを否定しないが、「俺は絶対倒れない」とも言わない。また「プロの実績ではこちらが上」と強調するものの、村田の力を十分警戒している様子もうかがえる。逆に「今までにないトレーニングキャンプを実行したから負けるはずがない」と意気込む代わりに「私は100パーセントの状態でリングに上がる」にとどめている。

「勝利を義務づけられている村田の方が重圧を感じるだろう」と言い切るエンダム。この言葉を真に受けるとリラックスしてリングに上がると取れる。他方で「採点が拮抗した場合など(ホームの)村田に有利に運ぶのではないか」とけん制しているようにも思える。極言すれば「負けてもともと」と覚悟しているのかもしれない。最後はあくまで私の主観だが、その開き直りがもしかしたら試合で効果を発揮するかもしれない。

これも憶測だが、村田は10の力を出せば勝てるところを練習では12ぐらいまで到達しているかもしれない。それだけの準備を行っていると想像される。それだけ金メダリストには期待が大きい。エンダムにすれば、まともに対処しては勝てない。幸運に頼るしかない。そのあたりから逆に余裕みたいなものが湧き出ているのではないか?村田へ目に見えない圧力を与えるとも推測される。

特製トランクスが勝利を導く?

取材日、練習後エンダムは今回がコンビを組んで2戦目となるキューバ人トレーナー、ペドロ・ディアスといっしょに試合ではくトランクスの発注先を2度も訪れた。サイズ、色、ウエストの伸縮ぐらいなど入念に打ち合わせ。傍目で見ていると、その熱心さはトレーニングに打ち込む姿と変わらなかった。どんなトランクスを着用してリングインするかお楽しみ。最近ボクシングの傾向となっているスポンサー絡みよりも自分の個性を引き立たせたい――そんな印象がした。

トランクスを作成する女性(左)と娘とカメラに収まる(写真:ボクシング・ビート)
トランクスを作成する女性(左)と娘とカメラに収まる(写真:ボクシング・ビート)

またインタビューの途中「東京にもこういうヘアスタイルにセットしてくれる店はあるか?」と聞かれた。「もちろんあるよ」と答えたが、そこにもエンダムのこだわりが感じられた。

そしてディアス・トレーナーは移動中、テレビ関係者とおぼしき人物とひっきりなしに携帯で通話。今回の試合がヨーロッパや他の地域で放映されるよう交渉していた。それはトレーナーというよりマネジャーか代理人といった風情。本拠地のフランスをはじめ、エンダムは人気があるようだ。

以上のことを総合するとエンダムは日本という異国で晴舞台に立てることを心からエンジョイしている雰囲気が伝わってくる。もちろん村田に勝って正規チャンピオンに就くことが何より重要だが、気持ちがどこまで高揚しているか察知できない。ポーカーフェースを装っていると解釈できないこともないが、平常心を貫くところが何とも不気味だ。

妻と子供たちがエンダムの心を支える(写真:ボクシングシーン)
妻と子供たちがエンダムの心を支える(写真:ボクシングシーン)

村田が何度もダウンを奪っても起き上がってくるエンダムの姿が想像される。反対に村田が倒されるシーンは容易に浮かんで来ない。そこが私の予想が村田に傾く根拠だが、予期せぬことが起きるのがリング。フランス在住の愛妻と2人の子供に勝利を約束するエンダムの奮戦が試合を盛り上げることは間違いないだろう。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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