Yahoo!ニュース

食料事情に支えられた善戦、現地で得た「負けはない」という確信……「不肖・宮嶋」が見たウクライナ

南文枝ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者
「不肖・宮嶋」で知られる宮嶋茂樹さんが撮影したウクライナ・ハルキウの勝利広場

「不肖・宮嶋」で知られる報道写真家の宮嶋茂樹さん。2022年2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻の約1週間後から、2023年4月までに4回現地にわたり、取材しています。そんな宮嶋さんがウクライナで撮影した写真展が、神戸市で開かれています。2023年6月4日にはトークショーも開催。宮嶋さんが現地の人々の暮らしやロシア軍に占拠されていたまちの状況などについて話しました。

 宮嶋さんは兵庫県明石市出身。1984年に日本大学芸術学部写真学科を卒業後、写真週刊誌「フライデー」(講談社)の専属カメラマンとなり、1987年、フリーランスに。国内をはじめ、イラクや北朝鮮、アフガニスタン、コソボなど世界各地を取材し、現地の様子を写真や文章で伝えてきました。

 6月2日から6日まで神戸市立こうべまちづくり会館で開かれている写真展「ウクライナの真実」には、宮嶋さんが現地で撮影した写真の中から厳選した26点が展示されています。戦時下を生きるウクライナの人々やロシア軍の攻撃で廃墟と化したまち、破壊されたロシア軍の戦車などの写真が並びます。

宮嶋さんが厳選した写真が並ぶ。左端の写真は、2022年5月、キーウの聖ミハエル広場にて。ロシア軍が放った巡航ミサイルに少女が腰かけている
宮嶋さんが厳選した写真が並ぶ。左端の写真は、2022年5月、キーウの聖ミハエル広場にて。ロシア軍が放った巡航ミサイルに少女が腰かけている

 宮嶋さんは写真展で「中には新聞紙面、テレビの画面では見れないような衝撃的な作品もふくまれますが、町が村が戦場になってしまった現実に目をそむけず見ていただきたい。そして我々日本人は今何をすべきか考えていただく機会になれば、写真家として望外の喜びです。しかしわが町がこうならない保証は日々少なくなる一方ですが。」とコメントを寄せています。

現地で奮闘する女性「ウクライナは勝つつもりでは」

 6月4日のトークショーには約90人が来場しました。宮嶋さんは、侵攻が始まった約1週間後にポーランドから陸路でウクライナ西部の都市、リビウに入りました。国境近くのリビウは国外に逃れようとする難民などが集まって混乱し、寒くて雪も降っていました。しかし、ボランティア団体などによって温かい食事が提供されていて「悲壮感はあまりなかった」といいます。国境は車で脱出しようとする人たちで大混雑していました。

 国家総動員令で18歳から60歳までの男性は出国が禁止され、女性や子ども、高齢者のみが国外に出られる状況でしたが、現地に残る選択をした女性もいました。身の危険にさらされながら配送や通信、前線に運ぶ総菜づくりなどに取り組む女性を見て、宮嶋さんは「ひょっとしてウクライナは勝つつもりなんじゃないだろうか」と思い始めました。そしてその後、「カメラマン人生で3回ほどあるかないか」悩んだ末、医療ボランティアの協力でウクライナの首都、キーウへ向かいます。

撮影した写真を見せながら、ウクライナの状況について話す宮嶋さん
撮影した写真を見せながら、ウクライナの状況について話す宮嶋さん

「ウクライナが頑張れたのは、食料があったから」

 宮嶋さんが取材をして驚いたのが、現地の食料事情です。リビウのホテルの朝食のソーセージやオムレツ、コーヒーは温かく、キーウでもビュッフェ形式の食事が提供されました。スーパーでは弁当や酒が並び、特に乳製品は豊富に販売されています。「ウクライナの食料自給率は140%。戦争していても食料に困らない。(かつての戦争で)日本の軍人すら飢えに苦しみ、国民も食糧難に陥った悲劇的な話はたくさん聞くんですが、ウクライナに関してはそんな話は皆無です」(宮嶋さん)

 宮嶋さんはこうした食料事情を「ウクライナが善戦している大きな理由」とします。「あれだけ不利と言われていたウクライナがこれだけ頑張れたのは、食料があったのが精神的に強かったのかなと。これが正直な印象です」

 その一方で、日本の食料事情を危惧していました。「日本の食料自給率は約40%。食糧難で苦しんだ戦争末期の80%の約半分です。しかも島国です。東日本大震災では、商店から食料が消えました。もし戦争になったらどうなるか、考えただけで恐ろしいです。そうなったら、戦争で死ぬより餓死が出るんじゃないかと、非常に懸念しています」

 現地では、ウクライナ軍によって破壊されたロシア軍の戦車なども撮影。戦車はぼろぼろに壊され、ロシア兵の死体が放置されているところもありました。「行った人間から言わせると、(攻撃を受けた経験から)ロシアは二度と来ないだろうと。少なくともウクライナに負けはない。行った人間はそう確信しています」(宮嶋さん)

ボロディヤンカで撮影された、ロシア軍によって破壊された集合住宅
ボロディヤンカで撮影された、ロシア軍によって破壊された集合住宅

 

 また現地では、「地雷が最大の恐怖でした」。ロシア軍が占拠していたまちには、むき出しになった対戦車地雷を処理しに来た人を殺傷するため、その周りに対人地雷を隠している場所もあるといいます。ロシア軍がいなくなった後に戻り、地雷で亡くなる人もいるそうです。排せつのために入ったやぶの中に何があるかもわからないため、宮嶋さんは食事を取らないようにしていました。

「写真を通して、国際社会の興味を引ければ」

 宮嶋さんは写真展について「国際社会の無関心が怖い。シリアと違って、ウクライナへの興味はまだ高いですし、これだけ善悪のはっきりとした戦争もない。(写真を通して)興味を引ければという思いがありました」と話します。

著書を手にする「不肖・宮嶋」こと報道写真家の宮島茂樹さん
著書を手にする「不肖・宮嶋」こと報道写真家の宮島茂樹さん

 宮嶋さんは著書『ウクライナ戦記 不肖・宮嶋 最後の戦場』(文藝春秋)などで、ウクライナでの体験や感じたことを写真と文章でストレートに伝えています。写真展は6月8日から10日まで、兵庫県芦屋市の西法寺でも開かれます。宮嶋さんの写真は、ウクライナの状況を知るだけでなく、日本のことを考えるきっかけにもなります。

宮嶋茂樹さんのサイト

※撮影=筆者(写真展の作品は展示されているものを撮影)

ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者

1979年、石川県生まれ。同志社大学経済学部卒業後、北國新聞記者や毎日新聞記者、IT企業広報を経て、2013年からフリーライターとして書籍や雑誌、インターネットメディアなどで執筆。現在は兵庫県小野市在住。これまで当ページやニュースサイト「AERAdot.(アエラドット)」などで大阪、神戸、四国の行政や企業、地元の話題など「地方発」の記事を執筆。最近は医療関係者向けウェブメディア「m3.com(エムスリーコム)」で地域医療の話題にも取り組む。地方で面白いことをしている人に興味があります。

南文枝の最近の記事