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「防災を文化に」神戸の音楽ユニットが発信する、何度も聴ける防災ソング【阪神・淡路大震災26年】

南文枝ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者
防災と音楽を絡めた発信を模索する神戸の防災音楽ユニット「Bloom Works」

 阪神・淡路大震災から2021年1月17日で26年。この間も国内外で大きな地震が発生し、近年は豪雨災害も多発している。南海トラフ地震をはじめとした将来の災害に備える必要性は感じていても、「防災学習」は身構えてしまう人もいるだろう。さまざまな人たちが防災の伝え方を模索する中、ポップな音楽に乗せて「身構えない防災」を発信し続ける神戸の防災音楽ユニット「Bloom Works(ブルームワークス)」を取材した。

「助けが来るプッシュプッシュ その時までプッシュプッシュ あきらめずにプッシュプッシュ」

 ボーカル兼ギター、石田裕之さん(40)の軽快な歌声に乗せて、ボイスパーカッションのKAZZさん(48)が手を前に押し出す。2020年12月12日、神戸市内で開かれたライブのワンシーンだ。曲名は「A●E●D 〜あなたの笑顔が大好き〜」(●はハート)。KAZZさんの振付に合わせて、客席のファンも両手を重ねて、まっすぐ前に押し出した。

「神戸煉瓦倉庫 K-wave」(神戸市)で開かれたライブ
「神戸煉瓦倉庫 K-wave」(神戸市)で開かれたライブ

 心肺蘇生法の胸骨圧迫(心臓マッサージ)の姿勢だ。目の前で倒れた人に対して胸骨圧迫を始めたら、救急車が到着するまで続けなければいけない。近くにAED(自動体外式除細動器)があれば利用する。こう書くと堅苦しいが、今風のポップな楽曲に乗せると、すっと心に入ってくる。ライブの最後、2人は「また笑顔で会いましょう」と呼びかけた。

「防災について歌ってるけど、普通の歌やん!」

 筆者は2019年1月11日、初めてブルームワークスのライブを見て、衝撃を受けた。神戸市の兵庫県立舞子高校で開かれた「1.17震災メモリアル行事」でのことだ。

(「【阪神・淡路大震災24年】震災を知らない世代が、知らない世代に語り継ぐ」参照)

 以前の記事では触れなかったが、この日、2人は壇上で生徒らに向けて、災害伝言ダイヤルの番号「171」を歌詞に盛り込んだ、身長を気にする男性のほほ笑ましいラブソング「171(イチナナイチ)」など数曲を披露した。

 体育館にKAZZさんのキレのあるボイスパーカッションと石田さんの伸びやかな歌声が響く。2人が奏でるのは、交通安全などのいわゆる“啓発ソング”とは違った歌だった。初めは戸惑っていた生徒らも、徐々に手拍子で盛り上がる。「こんな防災ソングがあるんだ」。興味を抱いてから約2年、ようやく2人に話を聞けた。

 神戸市出身のKAZZさんと石田さん。2人とも防災士の資格を持つ。ユニットを結成するまでは、それぞれに音楽活動を行っていた。そんな2人が「防災」でつながった。

「防災を音楽に乗せて伝えたい」

 KAZZさんは、阪神・淡路大震災で長田区の自宅が全壊した。当時は大学生。近くに住む親戚も火災に遭い、避難所生活を送った。1995年夏ごろから、神戸市内の屋台村でアカペラで歌い始めたところ、人々から「元気が出たわ」と声をかけられるようになった。大学卒業後は、「Baby Boo(ベイビー・ブー)」、「Permanent Fish(パーマネントフィッシュ)」とプロのアカペラグループで活動。また、語り部として全国の小中高校、大学などを回り、被災体験を伝えてきた。

Bloom Worksのボイスパーカッション、KAZZさん
Bloom Worksのボイスパーカッション、KAZZさん

 しかし、10年、20年と時が流れ、自分が話す内容が、若者たちに伝わりにくくなってきた。もどかしさを感じていたちょうどその時、兵庫県立大学大学院に減災復興政策研究科が新設されることを知った。「被災体験と防災を一緒に伝えられる人になれないか」と受験。合格し、2017年4月に1期生として入学した。そこで、音楽を愛する恩師、同研究科准教授の浦川豪氏によって引き合わされたのが石田さんだ。

 石田さんは、阪神・淡路大震災の際は中学生。北区の実家はあまり被害を受けなかったが、生徒会で避難所を訪問し、ボランティア活動をした。大学卒業後は音楽の道に進んだが、2011年の東日本大震災で、中学時代の体験がよみがえった。「現地に行ってできることをしたい」。震災の2か月後ごろから、宮城県石巻市や女川町に通うようになった。

Bloom Worksのボーカル兼ギター、石田裕之さん
Bloom Worksのボーカル兼ギター、石田裕之さん

 最初はがれきの撤去などに取り組んでいたが、いつしかギターを抱えて避難所などで歌うように。70回以上被災地に通い、現地の人々から体験や教訓を聞くうちに、「南海トラフ地震が来る、来ると言われている中で、自分も含め周りの人たちは(防災を)自分のこととしてとらえられていないんじゃないか。現地で聞いたことをもっとリアルに伝えなきゃ」と思うようになった。

 学校などで防災の話をするようになったが、「音楽に乗せて伝えたい」とも考えていた。ただ、間違ったことは伝えられない。「体系だったことを勉強しよう」と、兵庫県が地域防災の担い手育成のために開く「ひょうご防災リーダー講座」を受講し、防災士の資格を取得。そこで浦川氏と交流し、KAZZさんを紹介された。ちなみに、KAZZさんも防災士の資格を取っている。

「講演では皆さん『勉強になった』などと言ってくださるんですが、そこに来ていない、防災に関心のない人たちに伝えられるかと考えた時に、音楽で伝えられるようにならないとな、という思いがありました。でも、自分1人ではなかなかそこまでできなくて。KAZZさんから『一緒にやろう』と言われたのはすごくありがたかったし、可能性がどんどん広がっていくんじゃないかって」(石田さん)

 ユニット名も決まらない中、2017年8月、初めてのライブに臨んだ。急きょ石田さんが作ったのが代表曲「プロムナード」だ。「僕らはずっと生きていくんだ」と命をつないでいく大切さが伝わる歌で、サビはコール&レスポンスで盛り上がる。「音楽フェスティバルを通じて防災を分かりやすく伝えたい」というKAZZさんのビジョンを聞いて生まれた。

 その後、「笑顔を咲かせる研究」という思いを込めたユニット名を決定した。地震から身を守るために「低くして頭を守り、動かない」という姿勢を取るシェイクアウト訓練、三陸地方の伝承「津波てんでんこ」、フェイクニュースなどをテーマに、次々と楽曲を制作。ライブや学校、地域のイベントなどで披露してきた。

念願の防災音楽フェスに2000人

 2019年4月には、音楽を通じて防災・減災について考えてもらう念願のフェス「BGMスクエア」を初めて開催。東北や熊本などで活動するアーティストにも出演を依頼し、当日は約2000人が災害用マンホールトイレの使い方を確認するなどして防災に触れた。運営は防災の活動をする学生らが中心となって担った。

 KAZZさんは「全国のアーティストとのネットワークづくりの第一歩になったし、これまで大学ごとで活動していた学生たちが交わるコミュニティにもなった」と振り返る。「いざという時に、すぐに『大丈夫?』と連絡が取りあえる関係を作ることは、減災の取り組みでもあります」

2019年4月に初めて開かれた「BGMスクエア」には、約2000人が集まった(Bloom Works提供)
2019年4月に初めて開かれた「BGMスクエア」には、約2000人が集まった(Bloom Works提供)

 2020年4月に予定していた第2回は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、ライブ配信に切り替えた。2021年は、秋に第3回のフェス開催を考えているが、対面にするか、オンラインにするかはその時の状況に応じて考える。「新型コロナでソーシャルディスタンスが求められているけど、防災の思いでは、常に距離を縮めていきたい」(KAZZさん)

 このほか、笛付きのリストバンドや六甲山の間伐材を用いた非常用カトラリーなどのオフィシャルグッズを制作。コミュニティFMの番組や配信ライブなど精力的に活動する。

 防災は広めたいが、押し付ける気持ちはない。楽曲を聴いた人からは「(災害伝言ダイヤルの)171は覚えました」「(毎月1日、15日の171無料体験を)やってみました」、「(震災の経験と教訓を伝える)人と防災未来センターに行ってみました」などの声が寄せられる。石田さんは「一歩入れば、次の段階へは自分で進める」と話す。

「防災分野で活動している人たちにとっては、防災が生活ですが、みんなの生活の中心はもっと別のところにあって、防災はランク外もいいところ。日常で何回聴いても嫌じゃない、楽しめる歌やファッションアイテムなどで、防災を自然と『取り入れてもいいかな』と思えるライフスタイル、カルチャーにしたい」(石田さん)

防災には「考え、更新し続ける人の強さが大切」

 KAZZさんが幼いころから慣れ親しんだ神戸・長田の街は震災復興の再開発で様変わりした。「僕は自分の街やから言いたくないけど、『開発に失敗した街』とも言われています。先に箱ができてしまったけど、ほんまはそこに住む人たちが、箱をつくっていかないといけないんです。大切なのは人。地域コミュニティがなくなってきたいま、人とのつながりを大切にしていきたい」

 石田さんは「ハードに頼るのも大事ですが、人のメンタリティをつながりの力によって強くしていくことが、国土強靭化にもつながっていくんじゃないでしょうか」と話す。さらに「『スーパー堤防(高規格堤防)を造ったからオッケー』と思考停止するのではなくて、考え続けて、更新し続けるところに人の強さがある」と続ける。

 楽しく、自然に防災に触れるにはどうすればよいのか。いざという時のための人のつながりをどうやって作っていくのか。2人の研究は、これからも続いていく。

撮影=筆者(一部写真は提供)

※Bloom Worksの公式ホームページ

※YouTubeチャンネル「BloomWorks Official防災音楽ユニット」

ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者

1979年、石川県生まれ。同志社大学経済学部卒業後、北國新聞記者や毎日新聞記者、IT企業広報を経て、2013年からフリーライターとして書籍や雑誌、インターネットメディアなどで執筆。現在は兵庫県小野市在住。これまで当ページやニュースサイト「AERAdot.(アエラドット)」などで大阪、神戸、四国の行政や企業、地元の話題など「地方発」の記事を執筆。最近は医療関係者向けウェブメディア「m3.com(エムスリーコム)」で地域医療の話題にも取り組む。地方で面白いことをしている人に興味があります。

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