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【新型コロナ】小中学校の「夏休みゼロ宣言」で注目された兵庫県小野市、市長の真意は?

南文枝ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者
新型コロナウイルスの影響で、学校現場は休校で不足した授業日数の確保に苦慮している(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスの影響で多くの学校が休校で不足する授業日数の確保に苦慮する中、2020年4月22日、突然小中学校の「夏休みゼロ宣言」をし、注目を集めた兵庫県小野市の蓬莱務(ほうらい・つとむ)市長。背景にはどのような考えがあったのでしょうか。

 兵庫県中部に位置する、人口約4万8000人の兵庫県小野市。播州そろばんや刃物の生産地として知られています。自治体の教育政策は、首長と教育委員会で構成する総合教育会議(小野市は防災、福祉担当も加わります)で協議されますが、今回の新型コロナウイルスの流行下で、小野市は「夏休みゼロ宣言」にとどまらず、教育行政において、さまざまな独自の対応をとってきました。

 これまでに小野市がとった対応の中で、印象的だったのは次の3つです。

1.文部科学省から2020年2月28日付で通知された3月2日から春休みまでの小中学校などの一斉休校要請に対して、小野市は兵庫県内で唯一、小学校8校、中学校4校の通常通りの授業の継続を決めた。

※3月4日午前8時時点での文科省のまとめによると、全国2万8380校の小中学校のうち、98.8%の小学校、99%の中学校が休校を実施(予定も含む)。

2.小野市内の医療機関で感染が確認されたことを受け、3月12日から休校に変更。しかし、共働きやひとり親など仕事で自宅待機をさせることができない家庭の児童・生徒については、春休み期間を除き6月の学校再開まで小中学校で受け入れた(給食も提供)。

3.4月22日の記者会見での「夏休みゼロ宣言」。当初は7月21日から8月26日までとしていた小中学校の夏休みを、8月8日から16日の9日間に短縮。本来であれば夏休みだった期間の給食費は全額免除。

 これらの対応を決めた経緯や今後の学校運営について、6月中旬、蓬莱氏に話を聞きました。主なやり取りは以下の通り。

兵庫県小野市の蓬莱務市長
兵庫県小野市の蓬莱務市長

――4月22日の「夏休みゼロ宣言」には驚かされました。なぜこのような方針を表明したのでしょうか。

 事前に方針を明確に示して、児童・生徒や保護者、教職員らに、夏休みに授業を行うという覚悟を持ってもらうためです。新型コロナウイルスについては、国や県の急な方針決定にほんろうされ、長引く休校で皆さんの不安も増大していました。「ゼロ発信」をすることで、皆さんも覚悟が持てますし、今後の計画が立てやすくなります。休校期間の過ごし方も変わってくるのではないかと考えました。

 これは思いつき、場当たり的対応ではなくて、休校による授業日数の不足分をきちんと計算して、全部シミュレーションをしたうえでの決断です。「夏休みゼロ」といっても、完全に休みをゼロにするわけではありません。土曜、日曜は休みですし、お盆休みもあります。

 そして、夏の授業に備えて環境を整備するため、総額1億4000万円の予算を組みました。小野市では小中学校の全教室にエアコンが整備されていますが、この予算で特別教室にエアコンを追加し、体育館にスポットクーラー、大型扇風機を増設します。(災害時に避難場所となる)学校の空調設備の整備は、防災対策も兼ねています。

 このほか、経口補水液や非接触型体温計、消毒液なども追加整備します。炎天下での通学を支援するスクールバスの運行や学習支援スタッフの増員も行います。

一斉休校は「画一的横並びの仲良しクラブ」の判断

――独自の決断の背景には、どのような考えがありましたか。

 私は21年前、民間企業からまったく経験のない行政の世界に入った時から、

1.市民=顧客と捉えた「顧客満足度志向」の徹底

2.何をやっているかではなく、何をなし得たかを問う「成果主義」

3.「画一的横並びの仲良しクラブ」から脱却し、ここしかない小野らしさを追求する「オンリーワン」

4.言われてからやるのではなく、言われる前にやる「後手から先手管理への転換」

という4つの柱をもとに、行政経営を行っています。

 今回の教育行政の対応については、主に3番と4番が背景にあります。私は、行政は成果と報酬が連動しない社会だと考えています。新型コロナで政府が「休め」と言えば、無理して授業を続けなくても誰も批判しません。各自治体が地域特性を顧みることなく、一斉休校することが「画一的横並びの仲良しクラブ」の判断でしたが、私は客観的なデータも入れて判断し、トップダウン的に指示とアイデアを教育委員会に提示して、説得ではなく、納得してもらえるような政策を打ち出してきました。

――2月末の小中学校などの一斉休校要請後も、小野市の小中学校は休校せず、通常通りの授業を続けました。

 子どもたちには教育を受ける権利があり、我々には教育を提供し続ける義務があります。この理念をきちんと押さえなければいけない、と思いました。

 2月末時点では、小野市および近隣市で感染者が出ていませんでした。子どもたち、特に低学年の自宅待機に伴う安全管理や、ゲームやスマートフォン依存にならないかという休暇の過ごし方への不安、共働きやひとり親世帯への影響など社会的影響を考慮し、通常通りの授業を続けることにしたのです。

 田園性のある小野市の地域特性や、同一地域の居住者が集合する学校は感染リスクが少ない、児童・生徒の主な通学手段は徒歩または自転車、教員は自家用車で通勤し、不特定多数の他者と接触する機会は少ないということも考慮しました。学校での授業に代えて学童保育を実施するのならより密集度が高くなりますし、マスク、手洗い、換気を徹底させることができる学校のほうが、かえって安全だと考えました。

 また、この対応は医療崩壊を防ぐための戦略でもありました。私は市内にある北播磨総合医療センターの責任者(北播磨総合医療センター企業団企業長)も務めています。センターには、医師や看護師を含めて約1300人が働いていますが、もし学校が休校していたら、看護師だけでも約100人が仕事を休まざるを得なくなります。そうすると、センターが機能しなくなってしまう恐れがありました。

 3月10日以降、センターで感染が確認されたため、3月12日からは休校しましたが、それまではきちんと授業ができましたし、小学6年生も中学3年生もけじめをつけて卒業できました。反対意見もありましたが、多くの市民の方たちから「助かりました」と匿名を含めて励ましの言葉をもらいました。

――休校後も、小中学校では、仕事を休めない共働きやひとり親など自宅待機をさせることができない家庭の児童・生徒を受け入れました。そこにはどのような思いがありましたか。

 これも、共働きやひとり親、医療従事者の世帯への配慮です。全体の約1割の100人の児童・生徒を学校で受け入れました。また市内には、多くの医療機関があります。医療従事者の立場で言ったら、過酷な労働で危険もありますし、風評被害もあります。そこで学校を休みにすると、割り切って休もうかという方が出てこないとも限りません。そして、保護者の負担を少しでも軽減するために行政として何ができるかを考え、給食も実施することにしました。

全国一斉の休校のメリット・デメリットの検証を

――今後、再び新型コロナウイルスが流行することになった場合、どのような学校運営をしていきますか

 地域性と状況に応じて、フレキシブルに対応していきます。感染リスクをゼロにすることはできませんから、近隣の感染状況を注視し、感染対策を実施しながら授業を継続していきます。感染者が確認された場合も、ただちに地域一律に一斉の臨時休業を行うのではなく、感染者や濃厚接触者を出席停止としたり、分散登校を取り入れたりしながら、学校の状況についての疫学的な評価を踏まえて判断していきます。

――今回のような緊急事態下では、何に重点を置いて教育施策を進めていくべきと考えますか。

 先ほども言いましたが、子どもたちには教育を受ける権利があり、我々には教育を提供し続ける義務があります。あくまで教育を継続して実施することを大前提とすべきですし、休校などの対応をとる時は、その必要性について、できる限り地域性や地域の感染状況を含めた科学的根拠を判断の材料とすべきです。

 また、今回の対策が適切であったかどうかの検証が不可欠です。本当に全国一斉に休校措置をする必要があったのでしょうか。日本は、平等を念頭に置きすぎるところがあると思います。結果オーライ、ということではなくて、休校のメリット・デメリットについて医学的見地や社会的見地などさまざまな観点から検証し、検証結果を発表すべきです。

 今回の新型コロナウイルスの問題は、首長の自治体の経営者としての力量が問われるきっかけになったと思います。足元をきちんと見る、地域特性に応じて優先順位をつけ、自分たちでできるところから実施していくことが大切です。その優先順位をつけるのが、洞察力を持ったリーダーの役割だと考えています。

 感染リスクゼロを求めるのではなくて、状況に応じた迅速かつフレキシブルな対応がリーダーに求められます。子どもの教育を安易に奪うことがないよう、洞察力と判断力が不可欠です。画一的横並びの仲良しクラブの政策ではだめなんです。

2020年5月に開庁した小野市役所の新庁舎
2020年5月に開庁した小野市役所の新庁舎

撮影=筆者(一部提供)

ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者

1979年、石川県生まれ。同志社大学経済学部卒業後、北國新聞記者や毎日新聞記者、IT企業広報を経て、2013年からフリーライターとして書籍や雑誌、インターネットメディアなどで執筆。現在は兵庫県小野市在住。これまで当ページやニュースサイト「AERAdot.(アエラドット)」などで大阪、神戸、四国の行政や企業、地元の話題など「地方発」の記事を執筆。最近は医療関係者向けウェブメディア「m3.com(エムスリーコム)」で地域医療の話題にも取り組む。地方で面白いことをしている人に興味があります。

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