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「15年、意欲が続くのはエライ!」32歳の鈴木彩香が3年ぶりにラグビー日本代表戦出場

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
3年ぶりに日本代表戦に出場したCTB鈴木彩香(30日・熊谷)=撮影:齋藤龍太郎

 女子ラグビーをリードしてきた15人制日本代表「サクラフィフティーン」の鈴木彩香(アルカス熊谷)が、地元での南アフリカとのテストマッチ第2戦に途中出場した。代表戦は3年ぶり、初キャップからは15年。闘争心は今なお衰えない。32歳のベテランはいぶし銀の輝きを放った。

 7月30日の埼玉・熊谷ラグビー場。観客が約2千人。午後5時45分キックオフながら、開始直前の気温は35度まで上がった。テストマッチ第1戦で快勝した日本代表だが、この日はフィジカルとスピードを前面に出し、FW突破に大外展開も絡めてきた南アに後手を踏んだ。10-20で試合終了。

 「正直言って、自分にガッカリした」。試合後の記者会見。泣きたくなるほど悔しいはずなのに、鈴木彩香は意外に淡々としていた。「細かいミスが多かった。(パスがつながらず)パスが通っていればトライというシーンを何度も作り出してしまった。久しぶりの代表戦とはいえ、自分の責任だなと痛感しています」

 この日は背番号22のリザーブだった。後半12分、交代でピッチに入った。スタンドから拍手が沸き起こり、赤地に白字で『鈴木彩香』と描かれた応援タオルが何本も揺れた。持ち前の戦術眼と状況判断を生かし、相手ディフェンスのスキを突いてパスをつなごうとした。だが、南アの強烈なプレッシャーゆえか、暑さによる汗ゆえか、ハンドリングミスで好機を再三、逸した。

 このパスがつながればトライというシーンは2度、あった。守っては、からだを張りながらも、鈴木彩香は後半終盤、ランの角度を鋭く変えてきた相手FBにタックルの内側を突かれ、トライにまで持ち込まれた。ノーサイド。彩香はスコアが映し出された大型スクリーンをしばし、見つめていた。

 記者会見では、鈴木彩香は30歳のフランカー齊藤聖奈と並んで座っていた。「ベテランの二人がチームメイトにかけた言葉は?」と記者から質問が出れば、齊藤は笑いながら右手で隣の彩香に「どうぞ、先輩」と促した。

 鈴木彩香も笑いながら応えた。

 「私自身、ホームの熊谷で、たくさんの人に応援してもらっている中で、勝利をお見せすることができなかったことはすごく残念でした。(試合後)選手があの時のプレーはどうだった、こうだったという具体的な話をしていた。私たちが周りに何かを言うというよりは、ひとりひとりが自立して、次に向かっている姿勢が見えたので、チームとしてステップアップしている雰囲気があったと思います」

 それにしても、女子ラグビーを取り巻く環境は変わった。鈴木彩香は小学3年の8歳の時にタグラグビーと出会い、10歳で“タックルあり”のラグビーを始めた。17歳で7人制日本代表(セブンズ)となり、2008年6月、18歳で15人制女子日本代表に初めて選ばれた。当時の女子代表の合宿や遠征では、選手の経費の一部負担はよくあることだった。

 競技人口も人気もメディア露出も男子と比べると、格段の差があった。だが、2009年にセブンズが五輪競技に選ばれると強化策も支援策も改善されてきた。日本女子ラグビーの開拓者で日本ラグビー協会の元女子委員会委員長の岸田則子さんは、「アヤカちゃんは、厳しい時代を知る最後の世代」と言い、こう続けた。

 「長い間、(女子ラグビーを)引っ張ってくれて“ありがとう”です。すごいですよ。けがもあっただろうし、15年、(ラグビーへの)意欲が続くのはエライです。どこかであきらめたら、こうはいかなかったでしょう」

 この間、鈴木彩香は鍛錬に励み、自己管理にも努めてきた。セブンズでも活躍し、2016年リオ五輪の代表にもなった。プロ選手となり、20年秋からは、さらなる成長を目指し、半年間、英国のラグビークラブに挑戦した。「年齢を重ねて何が変わったか」と聞かれれば、アヤカは言葉に実感を込めた。

 「若い時は勢いだけだった。自分自身がチームを引っ張っていこうと思ってやっていたんですけど、いま年齢を重ねて、けがとか悔しい思いもたくさん重ねてきたので、そういった部分をチームにどう生かすのか、チームに足りない部分、つながりになるような役割をやっていこうと考えています。そういう気持ちで合宿に臨んで、テストマッチに出場させてもらいました」

 確かに体力やスピードは全盛期と比べると劣るだろうが、観察力や状況判断、人間力は向上した印象が強い。

 観客席こそ寂しいが、試合会場は南ア戦ではラグビーワールドカップ(W杯)会場の釜石鵜住居復興スタジアム、そして熊谷ラグビー場を使った。8月下旬のアイルランド戦では同じくW杯会場の静岡・エコパスタジアムと、”ラグビーのメッカ”秩父宮ラグビー場で開催される。鈴木彩香の目標は、10月開幕の女子W杯ニュージーランド大会出場。もっか代表メンバーの当落線上だろう。

 今後のチャレンジは?と問えば、鈴木彩香は言った。語気を強める。

 「今日は自分がひとつのアタックのオプションになれなかったのが、すごく残念な点だった。自分自身が(ラインの)表に出てタテにプレーする時と、裏で味方を生かす時と、メリハリをつけていきたい。アタックラインを動かしていけるようチャレンジしていきたい」

 いつも全力。ひたすら挑戦を繰り返すワクワクのラグビー人生。アヤカはあきらめない。  

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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