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BL東京の森太志、涙の交代劇「ファンの拍手がうれしくて」~ラグビーLO3位決定戦

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
突進するBL東京のフッカー、森太志(28日・秩父宮ラグビー場)=撮影・齋藤龍太郎

 ラグビーリーグワンのプレーオフ3位決定戦は28日に行われ、東芝ブレイブルーパス東京(BL東京=旧東芝)は、クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(東京ベイ=旧クボタ)に15-23で敗れた。が、胸を打つ光景があった。途中交代するBL東京のフッカー、森太志が観客の大きな拍手を受けると、両手で目元を何度もぬぐいながら泣いたのだった。

 晴天下の東京・秩父宮ラグビー場。試合後の記者と交わるミックスゾーン。涙のワケを聞けば、34歳のフッカーは感慨深そうに言った。目元が赤い。「マイナスな感情じゃなくて、選手としての責任を果たせなかった僕に対して、メインスタンドのファンからあたたかい拍手をいただいて。僕はうれしくて」と。

 森は、3月5日の横浜キヤノンイーグルス戦以来の先発出場だった。交代は、後半20分過ぎだった。1週間前の準決勝(対東京サントリーサンゴリアス=東京SG)で、途中から交代出場したベテランは終盤、ラインアウトのスローイングでノットストレートなどのミスを繰り返し、チームの敗因のひとつとなった。

 森の述懐。

 「試合の後は、頭が真っ白になって、ほとんど記憶はありません」

 それから、1週間。森は練習でいつも通り振る舞い、チームメイトとの連係を強化してきた。「この一週間は簡単ではありませんでした。ただただ、チームメイトの信頼を取り戻したい一心でした」と説明する。

 この日、森はプレーに魂を込めた。からだを張った。だが、8本のラインアウトでボールを投入し、ノットストレートなどミスも犯した。

 森は言う。

 「満足いくような結果ではないんですけど…。ちょっと逃げ出したい気持ちもあったんですけど、自分の責任はしっかり果たしたいなと思っていました。最後までチームメイトを信じて投げ入れることができました」

 実は森のあこがれの人は、一昨年9月に急逝した元日本代表フッカーの湯原祐希さん(享年36)である。自宅からBL東京の練習グラウンドまで徒歩で約30分。その間、天国の湯原さんと会話するのがほとんど日課となっている。

 湯原さんの話題を振れば、「ユハ(湯原)さんに(ラインアウトのスローイングを)投げてほしかったですね」と小声で漏らした。

 「この1週間も、ユハ(湯原)さんと言葉を交わしていました。(例えば)“ユハさん、やっちまいました”。“何やってんだ、オマエ、次だ、次“という感じですかね」

 チームメイトはありがたい。ラグビー仲間はあたたかかった。準決勝の敗戦後、相手の東京SGの選手が励ましの言葉をかけてくるし、この日の東京ベイも準決勝の失敗を決して揶揄してくることはなかった。

 「ほんとだったら、ラインアウトの時、僕にプレッシャーをかけてもいいと思うんですよ。“あいつ、ダメだぞ”“(ラインアウト)まっすぐ、投げれないぞ”って。そんなこと、(東京ベイの選手は)誰も言わない。やっぱり、ラグビー選手って、いいなあって思うんです」

 今季は、フッカーのポジションを日本代表候補の28歳、橋本大吾や若手と競ってきた。森は今季、リザーブ出場が多かった。でも、途中交代で出場した悪夢の準決勝のあと、トッド・ブラックアダーヘッドコーチ(HC)から3位決定戦の先発出場を告げられた。苦難を自力で乗り越えてほしいからだった。

 「英語でよくわからなかったんですけど、たぶん、“次、先発で行くぞ”みたいな」

 ありがたかったのは、この1週間、チームメイトは普段通りの対応をしてくれた。それが、森にとってはうれしかった。

 「僕は気持ちを切り替えるのが大変だったんですけど、チームメイトはそんなの(不安)は全然、表に出さない。いつも通り、“次のゲームを勝ちにいくぞ”みたいな。“おれたちは、試合で、やるだけだぞ”って」

 今季、BL東京はリーグで6季ぶりのベスト4入りを果たした。卓越した指導力、若手の台頭、激しい部内競争がチーム力を押し上げた。どんなシーズンでしたか、と聞けば、森は「楽しかったですね」とつぶやき、白いマスク下の顔を少し、ほころばせた。

 「シーズンは長かったですし、つらいこともあったんですけど、やっぱり楽しかったですね。このチームにいられることがずっと幸せです。(BL東京の)良さをメチャメチャ感じました。うちはやっぱり、いいチームなんです。これから、楽しみですよ」

 ラグビーのチーム力は人間力。チーム愛に満ちた34歳は“東芝復活”を予感する。ラグビーのコワさも美徳も知り、最後は笑顔だった

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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