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帝京大の強さは4年生の結束力。主将不在でも、慶大に圧勝し、対抗戦全勝優勝

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
帝京大対慶大 前半、トライを決めた帝京大の右プロップ奥野翔太(撮影:齋藤龍太郎)

 関東大学ラグビーは、帝京大が慶大に64-14で圧勝し、全勝で3季ぶりの対抗戦優勝を決めた。試合でもっとも活躍した『プレーヤー・オブ・ザ・マッチ』に選ばれたのは、スクラムの要の背番号「3」、今季初先発のがんばり屋、4年生の右プロップ奥野翔太だった。

 4日。晴天下の東京・秩父宮ラグビー場。ピッチ上で表彰のメダルをもらうと、奥野は顔をくしゃくしゃにした。

 「これだけ長い時間、試合に出るのは久しぶりでした。たくさんの苦労があったんですけど、しっかりと乗り越えて、ここにたどり着けました。うれしいです」

 慣れない記者会見。177センチ、114キロのからだを緊張でこわばらせ、デスクの下の両足はスクラムを組む前のごとく、つま先立ちだった。誠実、朴とつ、実直。

 「久しぶりの3番を着ての試合でした。とてもプレッシャーのかかる状況だったんですが、そのプレッシャーをいい緊張感にすることができました。これからも、4年生として、からだを張ってやっていきたいと思います」

 右プロップのポジションには、主将の細木康太郎がいる。どうしても出場機会は減る。今季は2試合の途中出場にとどまっていた。だが、この日は、細木主将がけがで欠場したため、先発チャンスが回ってきた。

 『徹底』、これがゲームテーマだった。奥野は徹底してスクラムを押し、徹底して走り回った。徹底してからだを張った。地味なサポートプレーをつづけ、密集にもからだをぶつけた。タックルして倒れても、すぐに立ち上がり、また走った。すなわち、「ひたむき」だった。

 帝京大のFW、バックス一体のパワフルな波状攻撃は圧巻だった。前半23分。ラックから右展開。ロック本橋拓馬からSO高本幹也と短くつなぎ、その右でパスを受けた奥野が鋭利するどいランでタテを突き、約30メートルを爆走した。ポスト左に飛び込んだ。

 どんなトライでしたか? そう聞くと、ココロ優しき努力家は少し顔をゆるめた。

 「ボールキャリーがいいトライにつながりました。しっかり前が空いていたので、高本とコミュニケーションをとって、まっすぐ走ることを意識しました」

 会見が終わり、駐車場のチームバスに乗り込む直前、奥野はラグビー場出口の外へ、ダッシュした。約20メートル。外で待つ母の紀子さんに表彰メダルを手渡すためだった。遠路はるばる、両親は応援に神戸から車で駆けつけていた。母がメダルを握りしめ、涙声で説明する。

 「“これ、おかあさんに"って。親孝行の息子なんです」

 ”どんな子どもでしたか?” 奥野は小学1年の時からラグビーを始めた。

 「もう、めちゃくちゃがんばり屋です。寡黙で。中学のとき、肩を脱臼して手術して。そのあと、練習を見にいったら、ずーっとグラウンド周りをひとりで走っていたんです。ぐるぐると。我が子ながら、よくがんばるなって」

 大阪のラグビーの名門、常翔学園高では主将を務めた。大学進学のとき、帝京大には高校日本代表の桐蔭学園高の右プロップ細木も入学することがわかった。母は息子にこう、確かめたそうだ。

 「“試合に出られへんかもしれんよ”って。そう言ったら、“いや、それでも、帝京でラグビーをやりたいんや”“絶対に、細木と一緒に頑張るんや”って」

 帝京大に入ると、奥野は細木と熾烈なポジション争いを繰り返した。2年生時の開幕戦は奥野が先発した。だが、その後は細木が先発する機会が増えた。本気の競争は、人間的な成長を促す。

 帝京大の主将は最上級生たちで決めることになっている。ことしの新主将を決める際、奥野は迷わず、細木を推した。奥野の述懐。

 「細木がキャプテンになることで自分の試合に出る機会が減るかもしれなかったんですけど、それでも細木にキャプテンになってほしかった。細木って、魅力があるんです、勝ちたいという気持ちを全面に出せる男なんです」

 その主将は照れた。そして、言った。

 「奥野とは3番の争いをしているんですけど、スクラムの3番にしかわからない話だったり、プライベートな悩みだったりを話せる仲なんです。一緒に苦しい練習もしてきた。ボクにとって、とてもいい存在なんです」

 そういえば、この日の試合前、けがで欠場の細木主将は奥野にこう、声をかけている。

 「がんばれよ」

 奥野はこう、振り返るのだ。

 「そのひと言にいろんな意味が込められていると感じました。だから、しっかり試合をやり切ることができたんじゃないかと思います」

 学生らしい二人のやり取りを聞き終えると、岩出雅之監督が「ちょっといいですか」と自らマイクを持った。言葉に滋味がにじむ。

 「ふたりの話を聞いて、下級生と4年生の違いが大学ラグビーの魅力かなと思いました。ふたりとも本当に組織を背負っていける人間になってくれたなって。彼(奥野)は悔しい思いをいっぱいしたと思います。ほかにも、試合に出られない4年生もいます。そういうメンバーの思いを含めて、これからがあるのかな、と」

 ラグビーに限らず、大学スポーツでは4年生が結束しているチームは強い。帝京大はチームとして成長しながら、4季ぶりの大学日本一をかけ、大学選手権に挑むのだ。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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