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なぜIOCのバッハ会長は再来日するのか

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
東京五輪の閉会式でスピーチするIOCのトーマス・バッハ会長(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス禍が拡大する中、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が再来日し、24日の東京パラリンピックの開会式に出席することで調整中のようだ。入国後の隔離なしの特別扱い。何も無理する必要もなかろうに、なぜバッハ会長は非常事態宣言下の東京に再び来るのだろう。

 ひと言でいえば、「慣例」ということになる。IOC会長として開会式に招待されたから来賓として出席する。もし、欠席すれば、東京パラリンピック開催の安全性を否定することにつながる。同時に東京五輪開催の正当性にも疑問を投げかけることになるだろう。

 67歳のバッハ会長の行動は、「カネ」と「名誉」で読み解くと分かりやすい。IOCにとっての大きな収入源はテレビの放送権料とスポンサー料である。今回の五輪の強行開催でスポンサー離れが不安視される中、バッハ会長はパラリンピック開会式に出席して、オリンピック・パラリンピックの価値が安泰なことを示す必要がある。

 そういえば、バッハ会長はIOC会長になった直後の2013年11月、来日し、日本の企業トップとの関係づくりに努めた。バッハ会長は、東京都の汐留・電通ホールで開かれた大レセプションに出席した。その時、筆者は取材したけれど、バッハ会長が約20分間もの間、立ち話しをした相手がトヨタ自動車の豊田章男社長だった。

 IOCはその後、トヨタ自動車と2015年から24年までの10年間のオリンピックの最高位のグローバルスポンサー(TOP=The Olympic Partner)契約を結んだ。スポンサー料が破格の総額2千億円程度とか。

 バッハ会長が、東京五輪開催に執着したのも、数千億円といわれる放送権料の確保と無関係ではあるまい。ただ無観客でもかまわない。打撃を受けるのは、入場料収入が入る予定だった東京五輪パラリンピック組織委員会である。IOCの収入に影響はない。

 東京五輪の開幕前、バッハ会長は「平和のために」と広島市を訪問した。約380万円といわれた警備費は同市と広島県が負担する羽目になった。都道府県間の移動が自粛されている中でなぜ、広島に行ったのか。ノーベル平和賞を狙っているとされるバッハ会長にとっては、これは実績となるからだろう。

 また、週刊文春によると、バッハ会長は東京五輪期間中に、東京・京橋のアーティゾン美術館をお忍びで訪ねたそうだ。この美術館は旧ブリヂストン美術館。ブリヂストンは、IOCのグローバルスポンサーのひとつである。バッハ会長にとっては、スポンサーサービスのひとつだったかもしれない。

 さらにまたバッハ会長は東京五輪閉幕翌日に不要不急の「銀ブラ」を楽しみ、物議を醸した。これも、スポンサーに向け、東京の「安全安心」をアピールするためだったのだろう。

 おそらくバッハ会長にとって、日本滞在は快適だったに違いない。1泊250万円といわれる高級ホテルのスイートルームに泊まって、大会組織委員会スタッフや関係者から至れり尽くせりの「おもてなし」を受けたのだから。

 話を戻して、東京パラリンピックの開会式に合わせた再来日のことだ。バッハ会長も日本の人々の批判を分かっているだろう。それでも、開会式に出席せざるをえない。そうしないと、来年2月開幕の北京冬季五輪に不安を与えることにもなる。当然、中国のIOCのワールドワイドスポンサーへの配慮もあろう。

 バッハ会長の行動を見て考えるのは、オリンピックの価値のひとつ、「リスペクト」である。バッハさんに伺いたい。いま、日本が新型コロナ禍でどういう状況にあるのか、ご存じですか。日本という国と人々をリスペクトしていますか、と。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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