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感謝と敬意と成長。ラグビー日本代表の姫野和樹が迫力の歴史的トライ。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
全英&アイルランド代表ライオンズ戦で存在感を示した日本代表の姫野和樹(後ろ)(写真:ロイター/アフロ)

 日本ラグビーの歴史に名を刻むトライだった。日本代表の進化の象徴、フランカー姫野和樹が、伝統の全英&アイルランド代表ライオンズ相手に真っ向勝負、持ち前のパワフルなプレーで成長ぶりを示した。よく前に出た。トライをもぎ取った。26歳は破顔一笑。「いい形でチームがボールを持ってきてくれたからだと思います」と周りに感謝した。

 試合後のグラウンドでのテレビインタビュー。「ライオンズとの歴史的な一戦でしたが」と聞かれると、姫野は言葉に実感を込めた。

 「やっぱり、ライオンズということで、普通の試合とは違うような感覚で臨みました。ライオンズという名誉あるチームと対戦できるというのは、ラグビー人生において、自分の宝物になるだろうし、素晴らしい経験になったと思います」

 26日の英国エディンバラの、これまた伝統のマレーフィールドである。観客は、新型コロナの影響で、1万6500人だった。それでも、スタンドは日本の大健闘に沸いた。とくに後半。日本がはやいテンポでボールを動かし、反撃に転じた。

 後半10分、ニュージーランドのハイランダーズで活躍する姫野が、交代で入った。1週間前は、オークランドのイーデンパークで試合をしたばかりである。試合終了から約30分でスタジアムを後にし、オークランド空港からシンガポールまで約10時間、乗り換えてロンドンまで約12時間、さらにエディンバラまで約1時間半、都合24時間以上の飛行機による移動時間をかけて日本代表に合流した。

 確かに試合や移動、時差による疲れはある。でも、姫野はチーム合流直後のオンライン会見で、「どんな状況でも、アジャストするのがプロフェッショナルだと思う」と言っていた。「言い訳はなし。甘えは全部、置いて」とも。

 後半19分。日本がペナルティーキックをもらい、敵陣深くの右ラインアウトに持ち込んだ。ゴールラインまで5メートル余か。スローワーのフッカー坂手淳史が列の後方のロック、ジェームス・ムーアに合わせる。ナイスキャッチだ。

 サインプレーだった。モールになろうとした瞬間、列の2番手に並んでいた姫野が後ろに走り込み、ボールをもらい、その左側のスペースをタテに突いた。ひとりを外し、さらに防御の2人を引きずるようにしてドライブ、右中間のインゴールに倒れ込んだ。ナンバー8のテビタ・タタフの強烈なサポート、プロップのヴァルアサエリ愛、センター中村亮土の押しも効いていた。日本代表らしい結束のトライだった。

 値千金のトライに対し、スタンドは拍手喝采だった。このあとも、姫野は何度もボールを前に運んだ。ディフェンスでもからだを張った。10-28で試合終了。ライオンズもチーム結成直後だったとはいえ、日本代表はよく戦った。ワンサイドにはならなかった。スクラムも安定していた。もうひとりの海外挑戦組、ウイングの松島幸太朗も随所に鋭利するどいランを見せた。

 日本代表は、ラグビーワールドカップ(W杯)ベスト8がフロックではないことを示してくれた。フィジカルやスキルのチームのスタンダードが確実に上がっている。もちろん規律の部分やラインアウト、ブレイクダウン周りなどの課題も見えたが。

 姫野は、プレーに自信が満ちていた。187センチ、112キロ。素材は文句なしだ。向上心もある。ラグビーW杯のあと、さらなる成長をめざして、ことし、トヨタ自動車から、南半球最高峰のスーパーラグビーのハイランダーズに加入した。

 そこでスタメンのポジションを獲得し、堂々とプレーしてきた。持ち味の力強いボールキャリーやハードワーク、接点での激しいファイトで存在感を発揮した。先の豪州クラブとの交流大会プレーオフ決勝にも先発出場していた。タフな環境でプレーし、心技体とも成長した。合流直後のオンライン会見で、ニュージーランドで成長した部分を聞かれると、姫野は「やっぱり、精神面のところが一番気づきが多かったかなと思います」と胸の内を明かしていた。

 「自分自身に向き合う時間が多かったので、自分にプレッシャーをかけて、つぶれてしまってもしょうがない。メンタルを変えて、純粋にラクビーを楽しもうという気になりました。そこに自分で気づいて変化させて、もがきながらも、自分のパフォーマンスを出せました。そこが大きな成長かなと思います」

 試合後にはこうも、言った。

 「スーパーラグビーという舞台で10何試合やってきましたので、自分の中でも確固たる自信をつけてきました。そういったことで、ライオンズという強大な敵に対しても、大きく見ることなく、しっかりとリスペクト(敬意)を持ってやれたというところが自分の成長を感じた部分です」

 1週間後にはアイルランド代表戦を迎える。日本が、ラグビーW杯で番狂わせを演じた相手だ。姫野は楽しそうに口を開いた。

 「アイルランドもワールドカップの借りを返す気持ちでくるでしょう。僕たちは、その強大なアイルランドを迎え撃つことになるんですけど、いい準備を100パーセント意識していくことが必要かなと思います」

 いつも感心するのは、姫野の言葉に、新型コロナ禍の影響下でもラグビーができる喜び、感謝があふれていることだろう。成長する若者とはそういうものだ。試合から数時間後、姫野はツイッターにこう、記した。日本で、深夜の試合の生中継を見たファンへの感謝があった。

 <夜遅い時間帯でしたが、応援ありがとうございました。歴史ある素晴らしいチームと

試合ができたことはすごく光栄です。だけど、やはり負けは悔しい。>

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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