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ラグビーの「全英&アイルランド代表ライオンズ」は4年に一度の夢チーム、その歴史は

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
前回の全英&アイルランド代表ライオンズの2017年NZ遠征は最後引き分けた(写真:Shutterstock/アフロ)

 日本ラグビーの歴史に赤い太字で記されることになるだろう。ラグビーの新生・日本代表が26日、英国・エディンバラで、「ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ」に挑む。もうワクワクするではないか。

 日本代表のナンバー8、姫野和樹(ニュージーランド・ハイランダーズ)は22日のオンライン会見で、「ラグビー選手として、すごく光栄な試合になると思う。自分の100%を出したい」と話した。同じく海外でプレーしているバックスの松島幸太朗(フランス・クレルモン)はこう、興奮気味に胸の内を明かした。

 「ライオンズとできる機会は(そう)ない。(メンバーは)ビッグネームばかり。緊張するけど、ワクワク感のほうが大きい」

 それでは、そのライオンズってどんなチームなのか。ラグビー発祥の地のイングランドをはじめ、ウェールズ、スコットランド、アイルランドという伝統国の精鋭により、オリンピックのごとく、4年に一度、結成される。南半球のニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアに遠征する。

 今回は、アイルランド、ウェールズで監督を務めた名将ウォーレン・ガットランド氏が指揮をとり、ウェールズ代表で主将を務めたロックのアラン・ウィン・ジョーンズがキャプテンの大役を担う。2019年のラグビーワールドカップ日本大会で活躍したイングランドのプロップ、マコ・ヴニポラほか、イングランドSOのオーウェン・ファレル、スコットランドSOのフィン・ラッセル、アイルランドSHのコナー・マレーらが並び、今回は、日本代表戦のあと、南アフリカ遠征に出発する。

 ライオンズの歴史を調べていたら、フランス・ラグビーに詳しい旧知のラグビー仲間から、長文のライオンズ解説文が届いた。これはいい。オモシロい。ということで、本人の了解をもらって、ここに紹介させていただく。

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 ラグビーの自伝で、アングロサクソン系のそれには必ず出てきて、フランス人のそれには絶対に出てこないのが、「クリケット」に「ライオンズ」。

 ライオンズと無縁のフランス人・エレロは、『ラグビー愛好辞典』「ライオンズ」の項でこう書いている。

 『4年に一度、イングランド・スコットランド・アイルランド・ウェールズに平和が訪れる。父祖伝来の敵愾心に蓋をし、常に付き纏う遺恨を忘れる夏のひと時。英国の最優秀選手で構成されるチーム。休戦中の聖なる団結、その名は「ライオンズ」! 栄光に包まれた「十字軍」は、大英帝国下の僻遠の地、RSA(南アフリカ)・AUS(オーストラリア)・NZ(ニュージーランド)に順繰りに派遣される。この遠征は数か月にもおよび、アングロサクソン・ラグビー界のオリンピックであった。

 この伝統は、ラグビーの歴史と同じぐらい昔からあった。英国チームの初めての遠征は1888年。イングランドとスコットランドの選手がAUSとNZにラグビーの普及状況の調査を目的に遠征した。この遠征は、6カ月も続いた。

 AUS・NZ・RSAのラグビー協会は母国の協会と緊密な関係を築いた。各地の協会が創設されるやラグビーの普及のため、国際試合が企画された。

 この時代、英国本国ラグビーは主として大学でプレーされていた。したがって、僻遠の地への遠征は大学生主体であった。どの協会に属しているかに関わらず、遠征に参加できる選手でチームが構成されていた。

 しかし、ラグビーが急速に普及すると、この遠征は制度化され、定期化されるようになる。そうなると、選手選考は厳しくなり、選ばれた選手は新たなステータスを得ることとなった。英国本国の公式代表、選手の中の選手!と。

 1910年RSA遠征で、初めて英国本国4協会の選手が集結した。この遠征では、RSAが2勝1敗とし、以後、テストマッチ・シリーズと呼ばれるようになる。

 1914-18の第一次世界大戦中は遠征が中断されたが、1924年RSA遠征で初めて「ライオンズ」と呼ばれるようになる。名前の由来は定かでないが、おそらく遠征公式ネクタイの図柄に由来すると思われる。この遠征では、RSAが3連勝した。

 それ以降、ライオンズの伝説は次々に書き加えられていく。英国本国の名選手たちにとっては、一度でもライオンズでプレーすることが夢となった。「ライオンズの一員」ということは、消せない栄光であり、歴史に名を遺す足掛かりとなっている。現役時代、そのチャンスは一度か二度しか訪れない。だから、選ばれることの価値がより高くなる。

 プロ化の中で、ライオンズの長期遠征という慣習は、プレー面からも財政的な面からも課題を投げかけている。

 イングランド・アイルランド・ウェールズ・スコットランドの選手たちが、長期遠征で不協和音が出ないはずがない… 彼らは、6か国対抗戦では激しく戦い、数か月後には同じチームメートになる。打ち解けるためにはかなりの日数がかかる。

 その時点で強いチームから多くの選手が選出される。一方で、バランスが求められる。ライオンズの遠征では、毎回、内輪での殴り合い・陰湿な陰謀・小細工が噂され、公式には否定されてきた。ライオンズの伝説は団結の神話で成り立っている。』

 12年前のRSA遠征でも、今回と同様、その2年前のW杯でRSAが優勝していた。W杯チャンピオンvs英国ドリームチームの戦い、となる。12年前のテストシリーズは、RSAが2連勝(第1戦=6月20日:26-21、第2戦:28-25)の後に1敗(第3戦:9-28)している。今回は、どうなるのか、楽しみである。

 ちなみに、ライオンズは、RSAには通算4勝8敗1引き分け、NZには1勝10敗1引き分け、AUSには7勝2敗である。

 2013・2017ライオンズ遠征で2度ともキャプテンを務めたウォーバートン(ウェールズ代表74キャップ、ライオンズ5キャップ。2011・2015W杯のウェールズ・キャプテン。)の自伝に次の逸話が載っている。

 『ある時、ローレンス・ダラーリオ(イングランド代表85キャップ、ライオンズ3キャップ。2003W杯優勝メンバー)たちとのトークショーに出ていた。Q&Aタイムに会場から「ローレンス、貴方はW杯で優勝し、ライオンズでもテストシリーズで勝利しました。どちらが、より大切ですか?」という質問が出た。ローレンスは即答した。「ライオンズだ。Hands down(考えるまでもなく)ライオンズだ。」

 そして、ウォーバートンは次のように締めくくっている。

 「ライオンズ(遠征)は継続されなければならない、ワールドラグビーがどの方向に進んでいくにしても。ライオンズは、すべてのとまでは言えないかもしれないが、ラグビーの大切な価値を体現している。消え去ってはいけない貴重なものだ」と』

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 こんな歴史あるドリームチームに対し、日本代表がもし、勝てれば…。Make history! である。偉大な歴史が創られることになる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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