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ああラスト…。観衆魅了する世界一速い医学生ラガー、福岡堅樹の輝き

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
相手タックルをかわし、独走トライを挙げたパナソニックの福岡堅樹(撮影:井田新輔)

 この輝きはどうだ。負けたら終わりのトップリーグのプレーオフトーナメント、今季限りでの現役引退を表明しているスピードスターの医学生ラガー、パナソニックの福岡堅樹が準々決勝のキヤノン戦でもキラキラと光り輝いた。

 8日の土曜日。新型コロナ禍による入場制限(5千人)のため、観客が4651人(公式記録)にとどまったパナソニックの新本拠、熊谷ラグビー場。勝利(32-17)を収めた後、福岡は観客席を見やり、ピッチでのインタビューで、こう言った。弾む声、広がる笑顔。

 「僕自身はもう、このグラウンドでプレーすることはないかもしれないけど、(パナソニック)ワイルドナイツのプレーヤーたちがたくさん走り回って、素晴らしいプレーをたくさん見せてくれると思うので、これからも継続して応援をよろしく、お願いします」

 素材は文句なしだ。驚かされるのは、その集中力である。攻めては後半17分。

 キヤノンのキックからのカウンターだった。自陣22メートルライン付近でこぼれ球を捕った28歳が急角度で切り返す。まず相手を振り切り、左ライン際スペースでの滑らかなスワーブで日本代表としてともに戦ったSO田村優のタックルをかわし、グンとギアチェンジ、左へ行くと見せて右へのステップとスピード変化でナンバー8のアマナキ・レレイ・マフィを宙に飛ばし、そのまま約80メートルを独走した。

 左手でボールをわしづかみしてダイビングトライ。試合後のオンライン会見で、そのトライについて聞かれると、キヤノンの田村はボソッともらした。「ケンキ(福岡)はほんと、スペシャルなんで」

 かたや福岡はロジカルに言った。

 「ワイルドナイツとしては、カウンターからのアタックというのがひとつの強みなので、相手のアタックをしのいでから、自分たちの得点にするというのが、メンタル的にも、すごく勢いに乗れるプレーだと思うので、その勢いを(チームに)与えることができるようなプレーをできてよかったなと」

 福岡の集中力はディフェンスでも発揮された。前半の終盤。相手のWTBマイケル・ボンドが持ち込んだボールに対し、猛然と突っ込み、ジャッカルを仕掛けた。強じんな下半身と巧みな手首。相手のノット・リリース・ザ・ボールの反則をもぎ取った。

 「素晴らしいディフェンスの集中力ですね」と聞かれると、福岡はまたも爽やかな笑顔で声を弾ませた。

 「そうですね。ワイルドナイツの強みはやっぱりディフェンスだと思うので、しっかりそこから自分たちの流れをつくることができたのは非常によかったと思います」

 パナソニックのロビー・ディーンズ監督は「ケンキ(福岡)の活躍はすごく光っていた」と絶賛した。

 「アタックのプレーヤーと思われていますが、ディフェンスでも非常にチームに貢献してくれています。ケンキのトライを目撃したファンは、そのプレーを目に焼き付けていい思い出にしてほしい」

 福岡は5歳からラグビーを始めた。もう何百個、何千個、トライをとってきただろう。2019年ラグビーワールドカップでは値千金の4トライ。どのトライも天賦の才と集中力があればこそ、である。「父は歯科医師、祖父は内科医」という医師家系ということもあって、今春、順天堂大学医学部に入学した。これもまた、集中力のたまものだった。

 文武両道、天は二物を与えたもうた。己のキャリアビジョンを明確に描き、その通りに歩んでいく。このまま日本代表でプレーしてはくれまいか、と思うばかりだが、おそらく福岡は我が道を突き進むのだろう。多くてあと2試合。次の準決勝はトヨタ自動車戦(花園)。福岡はこう、言葉を続けた。

 「チームとして、今回よかったところは上乗せして、よりいいプレーをし、もちろん課題も出たと思うので、そこを必ず修正して、さらにいいパフォーマンスで決勝までいけるように頑張りたいと思います」

 そういえば、この日の観客席には白地に黒字でこう描かれた横断幕が揺れていた。

 <世界1速いDr、福岡堅樹、君のTRYを忘れない>

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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