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風神、雷神、そしてラトゥ ー TL100試合出場を日野初勝利で飾る

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
豪雨の中のNEC戦で突進する日野のNO8ニリ・ラトゥ=日野レッドドルフィンズ提供

 ラグビーのトップリーグにはワールドクラスの選手がひしめく。ニュージーランド代表のSOボーデン・バレット(サントリー)のような華麗さはないが、日野レッドドルフィンズのナンバー8、ニリ・ラトゥはいぶし銀の光を放つ。21日のNEC戦で、トップリーグ通算100試合出場の偉業を達成した。「すごく光栄です。これも、チームみんなの頑張りがあったから」と、39歳は周りに感謝した。

 東京・秩父宮ラグビー場だった。雷のため中止となった第4節の代替試合もまた、横殴りの雨中戦となった。地味ながらも、まさに空を駆け巡る「風神・雷神」のごとき、気迫あふれるラトゥのプレーだった。

 最後の最後。試合終了のホーンが鳴った後の日野のペナルティーゴールをFBの田邊秀樹が蹴りこむと、ラトゥは雨でぐしゃぐしゃになった緑の芝に膝をついて、しばし、右手のコブシを顔に押し付けた。傍目には、泣いているように映った。

 10-7。日野にとっては今季初勝利。オンライン会見。風神・雷神と自身のイラストがプリントされた黒色の「100試合」記念Tシャツを着たラトゥはこう、言った。

 「日野もそうですけど、(かつて所属した)NECも私のファミリーみたいなものです。そのNEC戦で100キャップを達成できたのは、特別中の特別な気分です」

 ラトゥは“雨男”だ。フィジカルに自信を持ち、ガチンコ勝負のコンタクトプレーを好む。だから、FW戦のウエイトが増す悪天候下の試合を好む。「雨は好きか?」と聞かれると、即答だった。「すごく好き」と。

 「試合のダイナミックな展開を削いでくれるから。やっぱり、雨は、FW対FWの色合いが強くなる。すべてにおいてスピード感は鈍るけれど、フィジカル勝負の度合いが増す。試合前から、この天候を予想して、今日はFW戦で勝つと決めていました」

 ラトゥはトンガ代表として、54キャップを誇る。ラグビーワールドカップには2007年大会、2015年大会と出場した。とくに15年大会ではトンガ代表主将を務めた。つまりは、生粋のリーダーシップを持つ。日野やNECなどの外国人選手からは「兄貴的存在」として慕われてきた。 

 またラトゥはNECの選手として、2007年10月の神戸製鋼戦にトップリーグ初出場を記録した。25歳の時だった。以来、NEC選手として、8季プレーし、主将も務めた。その後、英国のクラブでもプレーし、2018年、躍進の日野に移籍してきた。実は、昨季、ラトゥは新型コロナウイルスによる中断でシーズンが終わった時、「引退」を決意した。

 だが、箕内拓郎ヘッドコーチから慰留された。ラトゥのプレーだけでなく、人間力を評価されたからだった。練習では手を決して抜かない。毎週、練習では、ハードワークに取り組む。競争で試合ポジションをつかみとる。全身を貫く活力、ガッツ、人格がコンタクトエリアの一歩を築く。

 この日も、要所ではチームプレーヤーに徹した。日野唯一のトライはSHオーガスティン・プルからのパスをロックのリアキ・モリにつないだもの。密集の芯にもなり、相手得意のラインアウトモールにもうまく頭を差し込んで、押し返した。からだを張った。ラックサイドを何度も突進した。「マン・オブ・ザ・マッチ」にも選出された。

 日野の箕内HCはこう、ラトゥを評価する。同HCはNECでラトゥのチームメイトとしてプレーしていた時もある。

 「ニリは、(TL)初キャップから一貫したプレーをチームに見せてくれています。若い選手も、外国人選手も、彼をリスペクトしている。NEC時代を含めて、日本のラグビー界にとって、必要な存在なのかなと感じています」

 試合後、ラトゥは、日野だけでなく、NEC選手からも祝福を受けた。いい光景だった。一緒に記念撮影に収まり、ロッカー室では花束と大好きなケンタッキーフライドチキンが大量にプレゼントされた。

 「チキンを食べることが、これだけ長くプレーできる秘訣です」と打ち明け、ジョークを続けた。「今後、ケンタッキーが私のスポンサーについてくれないかな」

 「風神・雷神」の意味を聞かれると、ラトゥは自身の黒色Tシャツのイラストを触ってこう、笑顔で短く言った。

 「風の神と、勝利の神ですよね」

 ありがたいことに、この雨の中、865人(公式記録)がスタンドに来てくれた。おそらく、からだから飛び散る気迫。理屈では収まらない39歳の全力プレーの凄みも味わったことだろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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