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女子ラグビーの鈴木彩香選手、さらなる成長めざし英国挑戦。「メチャ、ワクワク」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
大好きなラグビーボールと遊ぶ鈴木彩香選手(本人提供)

 女子ラグビー日本代表で活躍してきた鈴木彩香選手(アルカスクイーン熊谷)が15日、ロンドンのクラブチームで腕を磨くため、英国へ出発する。初の海外挑戦。新型コロナウイルス禍の中、ロンドンで半年間、プレーする。出発を目前に控えた彩香選手は、「メチャ、ワクワクです」と声を弾ませた。

 18歳で15人制日本代表に初選出された彩香選手も、ことし31歳となった。ずっとトップレベルで全力投球してきた。新型コロナで大会中止が相次ぐ中、プロ選手としてのあり様を考えてきた。年明け、15人制日本代表のレズリー・マッケンジーヘッドコーチにこう、声をかけられた。「一度、海外に行ってみないか?」と。持ち前の挑戦心に火が付いた。

 オンラインによるインタビューで、彩香選手は「その言葉がストンと心に落ちたのです」と笑顔で述懐する。

 「ずっと日本代表でやらせてもらってきて感じていたのは、みんなやさしいなということでした。チームはおおきな競争とか、激しさとかがないと、勝負には勝てないと思ってきました。じゃ、まず自分が変わろうって。それなら、日本とは異なる文化の中に入って、外国の選手と競争してみよう。自分でコントロールできない組織とか、厳しい社会などに入って、自分はどう感じるんだろう、どういった行動をとるのだろうって興味が湧きあがってきたのです」

 昨日までは違う環境に挑戦するという繰り返しで人はおおきくなっていく。失敗した時のリスクは当然あると思うが、挑戦することで得られる人間的成長の方が、現状維持や安定よりも上回っている。「どうせ行くなら、他の日本選手があまり行っていないところがいい」と滞在先を英国イングランドに決めた。

 「イギリスの選手たちが、自分の人生でラグビーをどうとらえているのか。ラグビー選手としてどういう立ち位置なのか。そこに興味が湧いたのです」

 日本だとどうしてもラグビーがすべてになるケースがおおい。「それも悪くはないけど」と彩香選手は続ける。

 「ラグビーを引退してからの人生も長い。私たち女性は、結婚、出産も考えて、将来を見ていかないといけないでしょ」

 20歳前後のときは、「若さゆえの勢いでどんなきつい練習でも耐えられた」と振り返る。猛練習の先に勝利があると信じていた。でも歳月を重ねるにつれ、選手としての力量に関する考え方が微妙に変わってきた。

 「人間性とか、人としての幅とか、そういうものを持っている選手がチームにいい影響を与えるのじゃないかって。正直言って、私の年齢で爆発的な成長はもうありえないと思っています。だから、これまでのキャリアで知った自分の強いところとか弱いところとかを生かして、色を増やしていきたいなと考えているのです」

 色とは。20代前半までは「赤色」で突っ走ったという。情熱の赤。「引くことがないというか、自分の主張や考えで押し切ってばかりいたのです」。2016年のリオ五輪(7人制ラグビー)の時は「薄いピンク色だった」とこぼした。

 「自分がカヤの外にいた感じでした。ケガもあって、とんがれなかった。もっと、もっと暴れたかったんです」

 その後、メインを7人制ラグビーから15人制ラグビーにシフトした。2017年の15人制の女子ラグビーワールドカップ(W杯)は日本代表のフランカーとして出場した。今は、ポジションをセンターに戻した。次のターゲットは来年9月の女子ラグビーW杯(ニュージーランド)。「ベスト8に入る」と言い切る。

 今、イングランドは新型コロナでロックダウン(都市封鎖)となっている。現地に入ったあと2週間の待機期間を経て、ロンドンのワスプス・レディースというクラブに合流する予定だ。東京日野自動車とのプロ契約は来年3月まで。来年5月まではロンドンでプレーする予定のため、新たなスポンサー探しも課題となる。

 英国の選手は大きくフィジカルが強い。スピードもある。選手としては、「コンタクトプレー、接点でのからだのコントロールの仕方を学びたい」という。「一段レベルアップして、日本のチームに競争原理を植え付けたい」

 話は尽きない。トレーニング後のインタビューだった。飲み干したゼリー飲料のブドウ色のビニール袋をつぶして部屋の隅のごみ箱にぽんと投げた。距離が約3メートル。外れた。黒髪のロングヘア―を揺らして、大笑いした。

 「私、ワクワクすることしかしたくないんです。そう、決めているのです。だから、チャレンジ、世界にチャレンジです」

 チャレンジッの語尾に力がこもった。新型コロナ禍でスポーツ界も閉塞感ただようが、やはりアヤカはアヤカである。ポジティブなのだ。自分の成長で日本の女子ラグビーのレベルを高めたい。みんなに明るい未来を感じてほしい、と願うのだった。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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