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心優しき献身ラガー~追悼 湯原祐希さん

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
トップリーグの試合で健闘する湯原選手(2015年11月・秩父宮ラグビー場)(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 突然の訃報だった。ラグビー・トップリーグの東芝は30日、チームのFWコーチで元日本代表フッカーの湯原祐希(ゆはら・ひろき)さんが29日に死去したと発表した。36歳の若さだった。

 東芝によると、湯原さんは29日朝、東京都府中市にあるチームのクラブハウスで自主トレーニング中に倒れて緊急搬送されたが、搬送先の病院で息を引き取ったという。死因については現時点では情報が入っておらず、公表されていない。

 湯原さんは千葉・流通経大柏高、流通経大を経て、2006年に東芝に入社した。小柄ながら豊富な運動量を誇り、巧みなスクラムワークを併せ持つ好選手だった。チームワークのいい東芝の要として活躍、日本代表ではテストマッチ(国代表戦)で22試合に出場した。ラグビーワールドカップ(W杯)にも選手として2011年、15年と2大会連続で選ばれた。

 何度か、試合後、囲みで取材をさせてもらったことがある。ラグビー選手である前にひとりの社会人として周りに気を配る優しい人だった。こんなことがあった。2015年11月のトップリーグのクボタ戦(秩父宮)の試合後のミックスゾーンで、湯原さんをインタビューした時のことだった。

 その年秋のラグビーW杯で日本代表は初戦で優勝候補の南アフリカを破るなどして3勝を挙げ、ラグビー人気が盛り上がっていた。ただ、日本代表31人のうち、W杯の試合メンバーに一度も入らなかったのは、東芝のフッカー湯原さんとバックスの廣瀬俊朗さんだった。

 W杯中、ふたりのチームへの献身ぶりは感動的だった。試合メンバーから外れても不満を表に出すことはなく、率先してチーム練習に取り組んでいた。クボタ戦の後、そのことに話題が及ぶと、湯原さんは「悔しいのはありましたけど、それ以上にチームをサポートしたいという気持ちが強かったんです」と口にした。こうも続けた。

 「(W杯の)試合メンバーは、僕らがつらいことを知っていた。メンバーに入っていないのにもかかわらず、ずっとハードワークし続けているのを見てくれていたんです。つまり、いいオトコの集まりだったんです」

 湯原さんの言葉は、まさにラグビーの<ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン>の精神そのものだった。どのような状況に置かれてもチームの勝利のためにベストを尽くす。準備を怠らない。「それが、うちらのプライドだったんです」と教えてくれた。

 湯原さんとの会話の最中、廣瀬さんがミックスゾーンを通り過ぎていこうとしていた。廣瀬さんの後ろ姿をちらりとみた私に気が付いて、湯原さんはこう言った。「トシさん(廣瀬さん)にも話、聞きますか?」。軽くうなづくと、湯原さんは大声を張り上げて、廣瀬さんを呼び止めてくれた。「トシさ~ん、トシさ~ん」と。

 その後、廣瀬さんにもラグビーW杯のことを聞いた。10分ぐらいだった。終わって、驚いた。湯原さんはまだ、ミックスゾーンに残って待っていてくれていた。「話が途中だったので」と。

 ミックスゾーンが閉まり、スタジアム外で会話をつづけた。冷たい雨が降ってきたので、「屋根の下にいきましょう」と言えば、湯原さんは「濡れても大丈夫ですよ」と笑った。話題が2015年ラグビーW杯の南ア戦の最後のスクラムになった。あの、逆転トライにつながった、PKでのスクラム選択のことだ。

 「あの時は?」と聞くと、湯原さんは「俺も一緒でした」と漏らした。雨に濡れながら両手を持ち上げて、スクラムを組むマネをした。

 「スタンドから(試合を)見ながら、自分の頭の中では、“おお、スクラム組むぞ”って。一緒になって、スクラムを組んでいる感じだったんです」

 湯原さんは2019年から東芝のアシスタントコーチを兼務し、新型コロナ禍の2020年春、現役を引退し、FWコーチに就任していた。選手の辛苦も知るだけに、いいコーチになりうる人だった。残念で、残念で…。合掌。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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