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伝統の一戦にも新風-慶大にNZ留学生

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
早慶戦で突進する慶大ナンバー8のアイザイア・マプスア(撮影:齋藤龍太郎)

 めずらしい。雨のラグビー早慶戦も、日本ラグビーの“ルーツ校”、慶大のニュージーランド留学生も。「新しい風」と、慶大の栗原徹・新ヘッドコーチは表現した。

 「ふたりの留学生が加わったことは、非常に目新しいというか、波紋を呼ぶことだとは思いますが、グローバル化、ダイバーシティ(多様性)といわれている時代、日本人だけということにこだわる必要はないと考えました。彼らと触れ合うことで、日本人学生の人間性の変化や成長も促したい気持ちです」

 いわば、異文化の注入だろう。1899(明治32)年創部。創部120周年を迎えた慶應義塾體育會蹴球部(慶大ラグビー部)に初めて、留学生が加わった。ニュージーランドのオークランドの名門、キングスカレッジ校卒のナンバー8、アイザイア・マプスアと、センターのイサコ・エノサ。そろって、この日の早慶戦に先発出場した。

 23日の雨の東京・秩父宮ラグビー場。慶大は今季最高の出来ともいえる内容だったが、早大の分厚いディフェンスに1トライにとどまり、10-17で惜敗した。早慶戦の通算成績は慶大の20勝69敗7分け。慶大は今季、2勝4敗となり、22季ぶりに大学選手権出場を逃すことが濃厚となった。

 「失望している」。ノーサイドの瞬間、マプスアは黒色のヘッドキャップをはずし、両手をひざにあてて上半身を折り曲げた。193センチ、107キロ。まだ1年生。爆発的な破壊力はないが、ラインアウトの中心、モールの核として奮闘した。

 とくにラスト5分。モールの上から手を伸ばし、早大のボールを奪い取ろうと必死にもがいた。ペナルティーをとられた。「最後、すべてを出し切った。チャンスは逃したが、ベストを尽くした。先輩のためだけじゃなく、クラブのために勝ちたかった」

 センターのエノサも、ボールを持つと激しくタテに出た。183センチ、106キロ。タックルでもからだを張った。後半途中で交代。敗戦に落胆しながらも、「(早慶戦の)歴史の一部になれたことを誇りに思う」と漏らした。

 ふたりは3月、慶大の海外からの受験プログラムに合格し、5月に来日した。9月に慶大に入学してラグビー部の練習に参加した。ふたりともニュージーランド訛りもなく、聞き取りやすい英語を話す。

 マプスアは総合政策学部、エノサは環境情報学部。もちろん、学生として授業も受けなければならない。試合後、瀟洒なハンティング帽をかぶったブレザー姿のマプスアは言った。

 「フィールドだけじゃなく、教室でもベストを尽くさないといけない。バランスが大事だと思っている。ケイオーが好き。その責任と誇りを感じている」

 ふたりは入学前から、慶大とラグビー部の歴史を教えられたそうだ。日本ラグビーのルーツ校としてのプライドも。「慶大のことを知っている?」と聞けば、マプスアは「1万円札でしょ」と笑った。

 「大学の創立者(福澤諭吉)が、日本のおカネの1万円札の肖像画にもなっている。すごいことだ」

 ラグビー部への留学生受け入れを提案したのは、今季から指揮をとることになった栗原HCだった。サントリーやNTTコミュニケーションズのほか、日本代表でも活躍した41歳。慶大の現場に戻ったとき、「井の中のカワズみたいな感じでした」という。

 なぜかというと、慶大は慶応高校などからの進学者もおおく、「半分ほどはちっちゃい頃からの顔見知りで、いわば慶応というムラ社会なのです。ぼくはそういうのはどうかと考え、外部の選手をいっぱいいれたいと思ったのです。そのなかの超外部が留学生という印象です」

 慶大ラグビー部には1千人を超えるOBがいる。OBたちの了解を得るための、栗原HCの口説き文句はこうだった。

 「日本で初めてラグビーをはじめた慶応がいま、日本で一番、ラグビーが古くなっています。新しいことにチャレンジしていくことが、慶応なのではないでしょうか」

 栗原HCの気概はOBたちを納得させた。また、先のラグビーワールドカップで活躍した日本代表同様、ダイバーシティの時代でもある。「グローバルになっていくのが慶応じゃないですか」という栗原HCの言葉には説得力がある。

 栗原HCは「人づくり」も考えている。社会人で外国選手と一緒にプレーした経験から、留学生と一緒の部活動は学生の価値観をかえる効果もあるとみているのだ。

 「選手同士が英語で話し合ったり、困っている留学生を助けようとしていたり…。考え方が全然違う人と共にプレーする難しさだったり、オモシロさだったり、これも学んでほしいのです」

 ただ、今季は結果がついてはこなかった。ニュージーランドからの留学生はまだ、1年目である。これから留学生も、慶大ラグビー部もどう、変わっていくのか。

 「ニュー慶大ですね」と言えば、栗原HCは満面の笑顔をつくった。

 「はい。結果が伴えば、カッコよかったんですけど…。カッコよくなれるよう、がんばります」 

 新たなチャレンジである。令和元年、これが“ニュー慶大元年”と呼ばれることになるかもしれない。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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