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NZの象徴、ハカはリスペクトされるべき

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
準決勝の試合前、NZのハカを受けて立つイングランド代表(写真:アフロ)

 ラグビーワールドカップ(W杯)はいよいよ大詰めを迎えた。残るは、1日の3位決定戦と、2日の決勝戦のわずか2試合。勝敗の行方はもちろん気になるが、ニュージーランド(NZ)代表の『ハカ』が話題になっている。準決勝で、イングランド代表が相手のハカに対抗し、「V」字をつくって、選手がハーフウェイライン(中心線)を越えたのだった。

 試合は現場で取材した。でも、試合後、いろんな人に意見を求められたので、再度、31日、テレビ録画でハカを確認した。イングランド選手がハカの三角形の布陣の先端を飲み込むような格好で、V字に並んだ際、両端の4、5人がハーフウェイラインを越えていた。ハカの最中、相手は自陣にとどまり、ハーフウェイラインを越えてはいけないというのは不文律、慣習法的に存在している。つまり“決まり”だ。

 だから、ナイジェル・オーウェンズ・レフリー(ウェールズ)とアシスタントレフリーは、自陣に戻るようにイングランド選手に注意している。だが、レフリーから遠い方の端の3人はこれを無視し、ハカの最後までラインを越えていた。これって、リスペクトを抱いての闘志の表現とはちがう。NZに対し、リスペクトを欠いた行為だったのではないのか。

 試合後の記者会見、イングランドのオーウェン・ファレル主将はこう、振り返った。

 「自分たちとしては、(ハカの時)そこにただ立って、受けるだけはしたくなかった。相手に敬意を表しながらも、フラット(平坦な)ラインではなく、とがったバー(棒)でハカを受けようと思った」

 ファレル主将はハカの時、含み笑いを浮かべているように見えた。それはいい。だが、一部のイングランド選手が越境はNGと知っていながら、あえてラインを越えていたとすれば、それはラグビー精神に反する行為(非紳士的行為)だったのではないだろうか。

 フランスのAFP電では、イングランドのプロップ、マコ・ヴニポラのコメントとして、これは、オールブラックスを怒らせるためのエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)の策だったと伝えている。

 案の定、ワールドラグビー(WR)は、イングランドに対し、一部の選手がハーフウェイラインを越えたとして罰金を科した。(31日時点で金額は明らかにされていない)

 この試合、イングランドがオールブラックスを19-7で破り、決勝進出を決めた。ハカの際の越境行為と勝敗との因果関係はわからないが、後味の悪さを残した。さすがリアリズムのイングランド、いや策士のジョーンズHCといったところか。

 過去、話題となったハカの対抗策はいくつか、あった。直近でいえば、2011年W杯の決勝戦で、フランスが逆V字(今大会の準決勝のイングランドとは逆の形)のくさび形に並び、ハカの開始とともにずるずると前進し、最後はハーフウェイライン上で一列になり、ハカ終了後、両チームの選手がにらみ合った。(試合は、フランスが7-8でNZに惜敗)

 この時も、レフリーがハーフウェイラインを越えたフランス選手に戻るよう注意し、その選手は自陣側に戻ったと記憶している。試合後、ワールドラグビーは2500ポンド(約35万円)の罰金をフランスに科している。この出来事を契機とし、ハカの間はハーフウlェイラインを越えないという不文律が周知された。

 ニュージーランド代表のハカは、マオリの戦士が、戦いの前に自らを鼓舞し、相手を威嚇する踊りに由来している。100年以上の歴史を持ち、代表チームに受け継がれている。確かにキックオフ直前の儀式は特別扱いといえなくもないが、代表チームの圧倒的な強さもあって、ハカは他チームからも敬意を集めているのだった。だから、この類のイングランドの挑発行為は許されてはならない。しかも、レフリーの注意を無視するとは。

 3位決定戦でNZと対戦するウェールズの名将、ウォーレン・ガットランドHCは30日の記者会見で、ハカの話題となった時、「我々はウェールズだから、(頭文字の)ダブル(W)で行くかもしれない」と冗談を口にした。

 まさかウェールズがそんなことをすることはありえないと思うが、V字だろうが、W字だろうが、イングランドのように、ハーフウェイラインを越えてNZへのリスペクトを欠くような振る舞いをすることはなかろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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