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スクラム進化、新ルールにも対応ー日本代表、格上フィジー撃破で順調強化をアピール

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
対応力をみせた日本代表のスクラム(撮影:齋藤龍太郎)

 台風の関東接近も、東北岩手の釜石の空は晴れ渡っていた。ひかる白い雲と澄んだ青空、そしてカラフルな大漁旗。強い陽射しのもと、ラグビー日本代表は強豪フィジー代表に34-21で快勝し、ラグビーワールドカップ(RWC)本番に向けて順調な強化ぶりをアピールした。

 27日の土曜日。東日本大震災の復興のシンボル、釜石鵜住居復興スタジアム。高温多湿の厳しい条件にも、ほぼ満員の1万3千余で埋まったスタンドが日本代表の躍動に何度もゆれた。長期のタフな宮崎合宿の成果だろう、選手はフィットネス、連係プレーの精度で優位に立ち、フィジカルでも一歩もひけをとらなかった。素早いディフェンス、プレッシャーで相手ミスを誘った。キックを減らす戦術も的中し、ボール保持率で圧倒した。加えて、スクラム、ラインアウトのセットプレーでも成長の跡を示した。

 試合後の記者会見。「カマイシの人たちが大変苦労して建てたスタジアムで、良い試合をしたかった」。ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)の顔は満足感に満ちていた。

 「選手の体調もよく、インテンシティ、激しさ、集中力がよかった。とくに前半、相手にプレッシャーをかけて、ポゼッション(ボール保持率)もよかった。ワールドカップに向け、良いテストマッチとなりました」

 ワールドカップでの「ベスト8入り」を考えたとき、強いセットプレーは不可欠である。そういった意味で注目したのは、2週間ほど前に新ルールが適用されたスクラムだった。ジョセフHCは言葉を足した。

 「2週間前に伝えられたばかりなので、私たちの準備にも限りがありました。でも、試合ではちゃんと適応できたと思います。(ルールの)何かが変わったとしたら、それを受け入れて、前に進むしかありません」

 このルール変更とは、厳密にいえば、ルールの解釈か。スクラムでは「クラウチ」「バインド」「セット」の3コールで組まれているが、レフリーの「セット」のコールの前に、FW第一列の選手は自分の頭を相手側選手の首や肩に触れてはいけない決まりになった。

 要は、「バインド」で自分の手を相手のからだに触れたあと、優位に組むための頭の位置取り争いはやめようということだ。結果、セット前の両チームのFW第一列同士の間隔は少し、開く。日本ラグビー協会技術委員会の審判部門長の岸川剛之さんが説明する。

 「けが防止が一番の趣旨です。今まではヘッド・オン・ヘッドをすることで、(スクラムが)崩れて頚椎ねんざになるケースが多かったのです。それを避けるため、(セットのコール前に)相手に負荷をかけないようにしなさいということと、頭を肩の下に入れて組ませてあげてください、ということです」

 この日、マイボールのラインアウトの成功率は9割を超えた。スクラムはマイボールが9回、相手ボールは8回の合計17回、あった。日本は前半に2回のコラプシング(故意に崩す行為)の反則をとられたが、逆に相手を押し込んで1回のコラプシングをもぎとった。傍からみれば、日本が優位にたっているように見えた。一体感は崩れなかった。

 記者と交わるミックスゾーン。左プロップの稲垣啓太は右手に赤色の日本刀(レプリカ)を持って現れた。テストマッチのチーム内MVPに選ばれた選手が渡されるもので、鞘にはこれまでのMVP選手の名前が白字で刻まれている。初めて選ばれた稲垣は誇らしげだ。

 「このアワード(賞)はいつか、とりたいと思っていました。きょうのパフォーマンス、プラス準備が評価されたと思うので、うれしいですね。でも、仲間たちが頑張ってくれたおかげです」

 稲垣は地味ながらも、からだを張った。よく走り、サポートプレーに徹した。とくにディフェンス。激しいタックルを浴びせ、ブレイクダウンでも良い仕事をした。ボールを持てばうまくつなぎ、すぐさま周りの選手をサポートした。

 で、肝心のスクラムはどうだったのだろう。宮崎合宿の終盤では当然、新ルール対応の練習は重ねてきた。だが前半9分の相手ボールのファーストスクラム、組んだ瞬間に崩れ落ち、稲垣がコラプシングの反則をとられた。

 「最初、新ルールで(相手との)距離感が合わなくて、そのまま落ちてしまった。あそこで僕がペナルティーをとられたのは予想外だった。“エッ”と。やっぱり、スクラムでぶつかったとき、どうしても足が伸び切ってしまうのです。お互い、足が伸び切って落ちたのに、僕が(反則を)とられたのは…」

 だが、稲垣は笛に怒ることはなかった。焦らず、FWで次のスクラムへの対応を考えた。修正する。目の前のプレーに集中した。

 「じゃ、次はどういう風にやれば大丈夫だなという目安ができました。(宮崎合宿の時より)距離感がだいぶ、遠かった。そこで、ヒットした瞬間、足をもっとはやく動かして、相手とどれだけ詰められるか。最初以降のスクラムはほぼほぼ予想通りでした」

 この修正能力と一体感はチームとしての進化の証明でもある。前半中盤、ゴール前のスクラムからの展開でウイング松島幸太朗が鮮やかなトライを奪った。

 ラインアウトからのモールを押し込んでも2つのトライにつなげた。セットプレーが計算できれば、そこからの攻撃パターンも増え、トライの可能性が膨らむことになる。

 サムライのごとき風情で稲垣は言った。

 「80分間を通してのスクラムは、まあ、そこそこですかね。もう少し、プレッシャーをかけて、ペナルティーをもらえるシーンもあったとは思うんですが」

 RWCに向けては?

 「まだまだ。正しい準備を続けていくだけです」

 RWCまでの日本代表のテストマッチはあと3つとなった。8月3日の土曜日には東大阪・花園ラグビー場でトンガ代表と対戦する。スクラムでは試行錯誤を繰り返しながらも進化は止まらず、「ベスト8入り」への自信が膨らんでいく。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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