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スクラム、攻撃力、進化の証明ーラグビー日本×NZ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
NZに対抗した低く8人結束した日本のスクラム(撮影:齋藤龍太郎)

 経験は宝である。主力抜きとはいえ、オールブラックスはオールブラックスである。世界ランキング11位の日本代表は同1位のニュージーランド代表に真っ向勝負を挑み、31-69で敗れた。過去5戦(全敗)で計4トライだったNZから5トライを奪った半面、大量10トライを許した。相手が強ければ強いほど、収穫と課題がよりクリアになるのだった。

 3日、東京・味の素スタジアム。またも黒衣のオールブラックスの雄叫びが晴れた秋空にながれた。戦いの前の伝統の儀式「ハカ」。剥いた目で舌を出す勇者たちに対峙し、日本代表も目を見開き、ずるずるっと前に出ていった。覇気と闘志がぶつかる。スタンドを埋めた4万4千の大観客がどよめいた。

 「すごく興奮しました」と、25歳のフッカー、坂手淳史は振り返った。

 「日本でこれだけの大人数の中で試合をすることはなかなかないことなので。でも、緊張でアップアップにならず、ゲームを進められたと思います。とにかくアグレッシブにいこうと。すごく楽しかったです」

 収穫は何より、日本の攻撃力を証明できたことである。アニセ・サムエラの好チャージから、フランカー姫野和樹、リーチマイケル、ナンバー8ツイ・ヘンドリックの突破、SO田村優の絶妙のキックパス、WTB福岡堅樹の鋭いラン、ラファエレ・ティモシーの爆発力…。スクラム、ラインアウトさえ安定すれば、世界トップクラスのチームからもトライを奪えるのである。

 前回2015年ラグビーワールドカップ(RWC)での日本代表の活躍もスクラムの安定があったからだろう。先の世界選抜戦(28-31)で苦しんだスクラムは、ある程度、改善された。試合後、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチは「(敗戦に)がっかりしている」と前置きした上で、こう続けた。

 「5トライをとれたことは成長の証だと思っている。世界選抜戦で浮上した課題をしっかり克服して、実践に移してくれたことを誇りに思う。とくにスクラム」

 今回の日本代表には、主軸だったフッカー堀江翔太がけがでいない。激化するポジション争いの中で、この大一番の背番号2を任されたのが伸び盛りの坂手だった。序盤、サムエラの逆転トライの後のファースト・スクラムでは、仕掛けるのが早く、「アーリー・プッシュ」の反則をとられた。直後、NZが選択したスクラムでは、1番の稲垣啓太が落としたとみなされ、「コラプシング」(故意に崩す行為)の反則をとられた。

 坂手によると、スクラムは「全員でアタッキングマインドを持って組もう」と話し合っていたという。世界選抜戦から修正された点は、日本のフロントロー陣と相手フロントロー陣の間隔と、FW8人、とくに前3人と後ろ5人の結束だった。序盤こそ、反則をとられたが、この日はゲーム中に話し合って対応することができた。

 坂手が説明する。

 「スクラムは相手の1番アップ、こちらの3番に対してアタックしてくるので、しっかり3人で固まって対応していくようにしました。8人のまとまりを意識して、うまく修正できたかなと思います」

 日本のスクラムは、FW8人全員で押す低い形である。押す方向は中心のフッカーに集まるよう、フランカーも少し内側に押し込む格好となる。長谷川慎スクラムコーチは、「針の先端で相手のスキ間をついていくようなスクラム」を目指しているそうだ。

 左プロップの稲垣もまた、「前回より、安定したスクラムを見せることができた」と言った。「要因としては、前3人だけじゃなく、後ろ5人のディテール(細部)がひとつ高まったというか、前3人がやりたいことを後ろ5人まで追求してもらったからなんです。もっとディテールを詰めて、自分たちのスタンダードを上げていくのが大事でしょう」

 日本のスクラムはヒットした時、フロントロー陣が前に出る。ポイントは、後ろの5人も前に出られるかどうか。つまり、後ろのウエイトが前に伝わっていくかどうかである。

 右プロップの山下裕史はこうだ。

 「スクラムでペナルティーをとられたらチームの士気が下がるんで…。試合中、いろいろアジャストできて、しっかりボールを出せたのはいいことだと思います。もしゴール前チャンスがあるなら、押してもおもしろいんじゃないかとしゃべっていました」

 この日、スクラムはマイボール9本、相手ボール3本の計12本あった。日本がマイボールで失ったのは、うちペナルティーの1本だけである。あとは安定した球出しができた。ラインアウトは、相手の成功率が90%に対し、日本は8本中5本の62%にとどまった。とくに後半序盤の2本の連続ミスから、相手にトライまで運ばれた。

 課題はこのラインアウトほか、ブレイクダウン、ディフェンス、プレーの精度である。RWCまであと1年を切った。これからはチームプレーの細かい部分を詰めていくことになる。いずれにしろ、格上のティア1(トップ10)のチームを倒すためには、スクラム、ラインアウトの安定が必須条件である。

 リーチ主将は言った。

 「世界の厳しさがよく分かった。練習の中でももっともっと、厳しくやっていかないといけない。トゥイッケナムでイングランドを倒して帰ってきたいと思います」

 日本代表はこれから英国遠征に旅立ち、17日、前ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏が率いるイングランド代表と敵地で戦う。そのあとはロシア代表。

 そういえば、“ヤンブー”こと、人気者の山下は50キャップ(国代表戦出場数)目だった。前回のRWC以来のテストマッチ復帰が節目となった。「やればできる、絶対できる」をモットーとする32歳が再び、桜の3番のジャージを着た。初キャップから10年。

 「また3番に選んでもらって、うれしいのはうれしいです。でも1キャップ目も50キャップ目も試合に取り組む気持ちはそれほど変わりません」

 次のイングランド戦について。

 「エディーさん、いろいろな面でプレッシャーをかけてくると思います。口の攻撃じゃないですけど、マスコミを使っていろいろやってくるかもしれません」

 多くのラグビー選手が憧れるトゥイッケナム競技場が舞台となる。前回のRWCでは決勝トーナメント進出を逃し、日本選手は立つことができなかった競技場である。

 その舞台において、もしスクラムでイングランドを押したら? と声をかければ、ヤンブーさんはニヤリとし、さらに目を細めた。

 「やばいですね、オモロイですね。そりゃ、スタンドがどっと沸くと思いますよ」

 これも一生に一度である。RWCに向けた、夢のような、苛烈な、荒波を切る航海はつづくのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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