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ポジティブに今を生きるーオールブラックス50キャップ目のSBW

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
豪州戦で50キャップ目となるソニー・ビル・ウィリアムズ(右)(撮影: 筆者)

 オールブラックスはラグビー界では特別な存在である。オーストラリアとの伝統の定期戦、「ブレディスロー杯」(27日・横浜)で、ニュージーランドのスター選手、CTBソニー・ビル・ウィリアムズ(SBW)は、節目の50キャップ目の漆黒ジャージを着ることになった。「いろんな積み重ねがあって、いま、自分がここにいるのがうれしい」と、33歳は静かな口調にも喜びをにじませた。

 「ラグビーはニュージーランド最大のスポーツで、みんなが憧れているオールブラックスのジャージを着られるわけですから。毎年、毎年、プレーヤーとしてよくなるために努力してきました。よく、ここまできたなあという思いもある。こういう環境でやってこられたことに感謝しないといけません」

 テストマッチ・デビューは25歳の時、2010年11月のイングランド戦だった。以後、けがをした時期もあったが、2011年ニュージーランド大会、2015年イングランド大会のラグビーワールドカップにも出場し、母国の2連覇に貢献した。華麗なプレーに加え、ルックス、人気を兼ね備えた選手だ。

 ニュージーランド記者によると、初めてオールブラックスのジャージをもらうと、選手はコーチから、その輝かしい歴史と最大限の努力を積む責任を諭されるという。その時、覚悟とプライドを感じたとSBWは言った。

 「オールブラックスに選ばれることはすごいことなんです。ラグビーを始めたときから、このジャージを目指していました。選ばれて、すべての時間がスペシャルだと思います。けがをして試合に出られないときも、オールブラックスのことを考えていました」

 次の相手は、「最大のライバル」というオーストラリアである。負けるわけにはいかない。短い言葉に思いを込めた。

 「自分がやるべきことをやるだけです」

 異色のラガーマンとしても知られる。15人制のオールブラックスのセンターとして活躍するほか、若くして13人制のラグビーリーグのスターにも上り詰め、プロボクシングのリングではヘビー級ボクサーとしてファンを沸かせた。風貌、プレースタイル、経歴などから、「奔放」と思われがちだが、普段は物静かな真面目な男である。謙虚でもある。

 何事にもチャレンジし、自身の境遇に最善を尽くす人生。いつもポジティブなのだった。

 こんなエピソードがある。2015年ラグビーワールドカップの決勝戦後のことだった。優勝の表彰式のあと、興奮した少年がスタンドから飛び出し、警備員に取り押さえられた。SBWはそこに歩み寄り、自分がもらった優勝メダルを少年の首に下げたのだった。

 25日の記者会見。なぜ、そんな行動がとれたのか、すぐに行動するために心掛けていることは何か?と質問が出た。

 「いつもポジティブでいることがひとつです。こういう舞台に立てることがまず、幸せです。それで、自分がどういう状況にいるかということを理解して、それをポジティブにとらえて、人に示さないといけない。そう思っています」

 そういえば、SBWは先日の千葉・柏でのラグビー体験イベントに参加した時、高校生相手のタッチフットでも真剣にプレーしていた。もはや本能だろう、ほとんど手を抜くことをしないのである。終われば、ファンに気軽にサインをしまくっていた。

 SBWはかつて、トップリーグのパナソニックでプレーしていたこともある。だから、日本の文化、慣習に触れている。会見で、タトゥー(入れ墨)に関しての質問も出た。このほど、ラグビーの国際統括団体、ワールドラグビー(WR)が、日本開催のラグビーワールドカップに出場する選手やサポーターに、公共のジムやプールを使用する際に上着を着用してタトゥーを隠すよう要望したというニュースがあったからだろう。

 サモアをルーツに持つSBWは右の上腕とすねにタトゥーを持つ。ポリネシア諸国にあって、タトゥーは宗教的な意味合いを持つ伝統文化のひとつである。タトゥーの質問を受け、SBWは淡々と説明した。

 「まず、日本に来るのは初めてではありません。その度、長そでを着たり、長ズボンをはいたりしてきました。選手たちにとって、そういったことを含めて、ワールドカップにこうやって、日本の文化を経験できるのはすごくいいことだと思います」

 何事にもポジティブに生きる。SBWは50回目の黒衣を着て、横浜・日産スタジアムに立つ。どんな輝きを放つのか。もう目が離せない。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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