Yahoo!ニュース

苦闘のワセダ、1点差勝利の意味とは

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
(写真:アフロスポーツ)

よくぞ勝った。伝統のラグビー早慶戦。大雑把な攻防ながらも、早大がノーサイド直前のPGで劇的な逆転勝ちを収めた。プライドの1点差、執念の1点差。早大の岡田一平主将は「チームにとって、大きな一歩です」と言葉に実感を込めた。

「80分間、最後の最後まで戦い続けることがことしのワセダのスタンダードです。この接戦をものにしたことで、我慢強さだったり、あきらめない気持ちだったりが、他の約130人の部員全員に伝わったと思います」

2点差を追う早大にとっては、ラッキーだっただろう。ラスト3分。ペナルティーキックを得た慶大はPGを狙わず、FW戦で時間をつぶすため、タッチを蹴ってきた。

岡田主将が述懐する。「矢川(智基)選手(慶大主将)の意図が見えた。そのまま敵陣のゴール前でボールをキープして、80分間を迎えようとしているな、と。だから、ラインディフェンスではなくてポイントの裏でジャッカルをずっと狙っていました」

岡田主将はFWに「ボールを乗り越えろ」「ターンオーバーのチャンスだから、毎回チャレンジしろ」と檄を飛ばした。少しでも孤立した慶大選手がいたら、ジャッカルを狙うのである。「FWのボールキャリアが孤立して、自分の前にきた。運がよかったです。(相手の)サポートが遅れていたので、“ここしかない”と思いました」

小柄な岡田主将がボールに絡む。ボールは奪取できなかったが、ここでノットリリースザボールのペナルティーを得た。場内に「ロスタイムは1分です」とのアナウンスが流れる。ラストワンプレー。ラインアウトからの連続攻撃をしかけ、ついに相手のオフサイドの反則をもらったのである。

スコアボードの時計は「43分」だった。これをSO横山陽介が慎重に蹴り込んで、32-31と逆転した。ノーサイド。岡田主将が声を張り上げる。「リードされていても、みんなポジティブに見える“いい目”をしていました。ことしのワセダの粘り、執念を示すことができました」と。

ようやく戦力は整いつつある。SO横山が故障から復帰した。ワールドカップ(W杯)で活躍したFB藤田慶和も戦列に戻り、「ジャパン流」をワセダに持ち込んだ。試合メンバーがそれぞれトイメン(対面)を分析し、特徴をホワイトボードに書きだすようになった。情報の共有、戦う姿勢、いわば『準備』である。

たしかに課題は多い。雑なパス、甘い基本プレー、遅い球出し、精度不足、判断ミス…。SH杉本峻が密集の前でキョロキョロする場面も二度、三度。FWもスクラムトライを奪ったのに、なぜかスクラムを押されることもあった。結束、連係、あるいは意思統一の乱れがあるのだろう。

だが、シーズンを苦しんできた分、こういった勝利で流れが変わる可能性もある。岡田主将は言った。「もっとシンプルに、シンプルに。あまり難しいことをせずに、堂々と戦いたいと思います」。土俵際でなんとか踏みとどまった早大。これで早明戦(12月6日・秩父宮)が楽しみになってきた。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

松瀬学の最近の記事