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W杯スクラム戦記4「日本の賢い修正力とは~日本×米国」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
認定トライを奪った日本×サモア(3日・ミルトンキーンズ)(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

プライドの激突である。ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会。目標のベスト8進出の望みが消えた日本代表は11日(日本時間12日)、1次リーグ最終戦として米国代表と対戦した。

日本のリーチマイケル主将は「世界に日本ラグビーがどれだけすごいか見せつけよう」と檄を飛ばした。誇り高い米国も最後に勝って一矢を報いようともくろんだ。

互いのプライドを懸けた戦いの象徴がスクラムだった。この試合もスクラムに焦点を当て、その流れをつぶさに見てみたい。日本のマルク・ダルマゾ・スクラムコーチは「アメリカのスクラムはW杯で進化している」と警戒していた。

8月に対戦したパシフィックネーションズ杯(PNC)をみると、米国のスクラムの特徴は1番の左プロップがケツを割って、英国サラセンズでプレーする3番のティティ・ラモシテル(183センチ・113キロ)がインに入ってくる傾向があることだった。

つまりは欧州型。そこで日本としては1番の左プロップ稲垣啓太(パナソニック)がしっかり3番に当たって、内側にいかせないことがポイントだった。

収容1万5千のキングスホルムスタジアムは試合前から異様な熱気だった。「ニッポンコール」と手拍子が夜空に流れていく。

両チームの試合前練習ではどうしても、フロントロー陣の動きに目がいってしまう。米国の3人をみると、ウォームアップの最中、3人でバインドしてスクラムで突っかける“シャドーヒット”を繰り返していた。いやな感じである。こりゃ、ヒット勝負にかけてくるなと思ったものである。

この日のスクラムは全部で13回、組まれた。日本ボールが8回、米国ボールは5回である。夜8時、相手ボールでキックオフ。日本はこれをノックオンし、いきなり自陣のゴール前左中間あたりでのスクラムとなった。米国ボール。

これを突っかけられ、相手が縦プッシュから右の3番のほうへ一回崩し、また縦に押し込まれた。圧力を受けたが、相手のノックオンに救われ、日本からみると自陣ゴール前の右中間でマイボールのスクラムとなった。これをクイックでボールアウト。

前半20分までに7本ものスクラム(マイボール4、相手ボール3)が組まれた。米国が左右に揺さぶっているのか、日本FWが押そうとすると、3番の山下裕史(神戸製鋼)側が1、2度、どんと落ちた。(互いのペナルティーはなし)

スタンドの記者席からみると、日本のフロントロー陣の肩の線に乱れが見えた。苦労している印象である。試合後、稲垣は「ファンもチームも、(スクラムは)イケる、イケるとなっていましたけれど、最初はちょっとうまくいってなかった」と振り返った。

「ちょっと前3人(フロントロー陣)がばらばらだった。僕らもきょうはST(スクラムトライ)はイケると思っていました。イケる、イケるって。行こう、行こうって“ガメちゃった”。グワァとまとまってぐーっと押さないといけないのに、それぞれがグワーッ、グワッという感じだったんです」

ちょっと擬声語が多いけれど、表現したい様子はよくわかる。要するに3人の一致した押しである。8人の結束、意思統一である。では、3番の右プロップ、山下はどうだったのか。29歳のスクラム職人の述懐。

「(米国の)やってくることが予想と違ったんです。相手の1番がもうちょっと単独で割れてくると思っていたけれど、(W杯)4戦目なので修正してきた。内にはきたけど、フッカーと一緒になっていたんです。もうちょっと押して、攻めにリズムをつくりたかったんですけど」

“1番が割れる”とは、相手1番のデンブがフッカーの2番と離れることである。そうなると、相手の圧力は一体感を失くして軽い。逆に結束していると、重く感じるのである。足元の芝が滑ったこともあって、スクラムが何度か落ちたのだろう。

日本の1番サイドをみると、米国の3番が日本の1番、つまり稲垣を外に押し出そうとしているように見えたこともある。試合後、確認すると、稲垣は「(相手3番が)外にきたわけじゃない」と説明した。

「ヤンブーさん(山下)が内に入って圧力が流れてきて、つぶれていたんでしょ。相手3番は内に入っていたんで」

山下は「どっこい、どっこいで」とトイメンと互角の勝負を展開していた。「ガキ(稲垣)も僕もお互いがトイメンとやりあっていたんです。そこで話し合って、もっとまとまって、きっちりまっすぐ押そうとなったんです」

日本のスクラムの強みが修正能力である。対応力である。スクラムでは、徐々に日本FWに一体感が生まれた。稲垣も山下も「(組み方と結束を)修正すれば、問題なく組めると思っていた」と言った。

スクラム的な山場は前半の終了間際の攻防だった。日本のゴール前ピンチ。9点を追う米国は左中間のマイボールスクラムを押し込もうとした。落ちた。組み直し。米国はなおも執拗にスクラムを押し込もうとした。日本のスクラムは低くてよくまとまっていた。ぐっと耐え、ためて押し返した。

たまらず、米国はナンバー8がボールを持ち出して、つないでノックオン。今度は日本ボールの中央のスクラムとなった。これを当たり勝って、押した。相手が崩れ、コラプシング(故意に崩す反則)をもらった。

稲垣の述懐。

「(相手の)1番がちょっと内に入ってきたので、ヤンブーさん(山下)が相手を外に弾いてからインに組み、その時に僕が一緒に押し込んでいく。これで相手が崩れ、コラプシングとなった」

山下はこうだ。

「(相手反則を)きっちりとれた。前半の最後は、まっすぐ組めた。そう焦らず、ゆっくりゆっくり、(重圧を)かけていった」

後半、開始から山下は運動力のある畠山健介(サントリー)に、後半20分には稲垣が三上正貴(東芝)に代わった。後半のスクラムは3本だけだった。日本ボールが2回。いずれも自陣ゴール前で、素早い球出しの「クイックスクラム」と、ボールをキープして押し込む「ドライブスクラム」を使い分けた。

日本スクラムの特徴は、「低さ」「8人の結束」「足の運び」ーである。さらには「スマートさ」と畠山は言うのである。

「早く(ボールを)出すところは出すとか、そういう賢さというか、セットピース(スクラムとラインアウト)のミーティングでゲームプランとして落とし込まれていたので、自分たちとしては迷いなく、(スクラムを)組めたのです」

日本のスクラムは強くなった。

結局、W杯4試合を合わせると、スクラムは全部で50回、組んでいる。マイボールが29回、相手ボールは21回。特筆すべきは、マイボールの確保率が「100%」ということである。

スコットランド戦(9月23日・●10-45)の序盤にとられた反則は相手ボールの時だった。この数字は安定したスクラムがジャパン・ウェイの『アタッキング・ラグビー』の基点となっていることを証明している。

日本は歴史に残る3勝をマークしながら、目標のベスト8進出を果たせなかった。ただ日本ラグビーの魅力を世界に示すことはできた。低いスクラムの強さも。

12日のW杯総括会見。これで退任するエディー・ジョーンズヘッドコーチはしみじみ漏らした。

「一番、成長したのはセットピースでした。とくにスクラム。マルク(ダルマゾ)の指導のもと、いろんなところと経験を積んだ。ジャパンの活躍は、安定したスクラムがあればこそでした」

【ずばり! スクラム解説】

『太田治の目』

太田さんは日本代表歴代最強の左プロップ。スクラム理論には定評がある。明大―日本電気(現NEC)。日本代表キャップ数は「27」。1989年のスコットランド戦、91年W杯のジンバブエ戦の歴史的勝利に貢献。95年W杯も出場。日本代表GM、7人制日本代表チームディレクターなどを歴任。50歳。

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ワールドカップ最終戦はお互いのプライドとプライドをかけた集大成の試合だった。結果的に日本はアメリカのフィジカルプレーを豊富な運動量とクレバーな判断で上回り、日本ラグビー史上初のワールドカップ3勝を挙げた。

試合内容的には決して良くなかったと思う。ただ、今の日本代表は修正能力があり、地力がついた。それは安定したセットプレーから確実に前に出るアタック力、豊富な運動量と前に出るディフェンス力、そして、五郎丸選手の安定した得点力の裏づけがあったからだろう。

それを作り上げたエディー・ジョーンズヘッドコーチの緻密な戦略と実行力、それに応えた選手たち、スタッフの支えがあってこその3勝だと思う。

改めて敬意を表したい。

この4週間本当に幸せでした。感動をありがとうございました。

さて、スクラムです。この試合のスクラムの総数は13。日本ボール8。アメリカボール5。日本は100%の獲得率で、反則もなし。同じスタジアムで戦ったスコッドランド戦の反省が生かされていた。ワールドカップを通じてスクラムのクオリティーはこの試合が一番良かった。

全てのスクラムで日本は低く、鋭いヒットで押しこみ安定したボールを供給できていたし、特に後ろ5人の押しが第二波としてアメリカのディフェンスラインにダメージを与えていた。 

日本代表のスクラムはこの4年で大きく成長した。いまではスクラムは日本代表の武器といっても過言ではない。ここまで成長できたのはダルマゾコーチを中心に選手達が一緒に作り上げたものだ。

2019年のワールドカップ日本開催に向け、否応がなしに今回以上の結果が期待される中、スクラムは更なる成長を遂げなければならないだろう。

そのためにも、しっかりとレビューを行い、新コーチングスタッフに継承し、スクラム強化方針とプランを構築して更なる進化を遂げてほしい。

『坂田正彰の目』

坂田さんは元日本代表フッカー。法大―サントリー。1999年W杯、2003年W杯出場。キャップ数が「33」。クレーバーなフッカーだった。テレビ解説も務め、落ち着いた口調と偏らない解説は評価が高い。42歳。

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今大会を通してジャパンFW陣の堂々たるプレーは、観る人に安心感を与え、自信と一体感を強く感じさせてくれた。

南アフリカ戦の決勝トライを生んだスクラム、サモア戦でのスクラム認定トライなど、全く迷いのないスクラムが組めていた事がその他のプレーにもよき影響を与えた。

何気なく見過ごしているかもしれないが、アメリカ戦の開始早々の相手ボールスクラムでは、自陣中盤エリアでのファーストスクラムでありながら、キャプテンのリーチマイケル選手をBKディフェンスラインに立たせ、SOの小野晃征選手をフランカーの位置につけ対応していた。

今までのW杯では考えられない戦術だった。セットの重要性を分かった上で、その後のプレーを優先して、当たり前の様にスクラムでプレッシャーもかけられていた。

スクラムは8人で組むものだが、この試合は特にフロントロー3人が余裕を持って組む事が出来ていた。1試合を通してフッカーの堀江翔太選手が中心となり「攻めのセット」が出来、組み込んだ後の踏み込みでは常にJAPANが勝っていた。

フロントロー3人のお尻のラインが下がること無く、低い姿勢を保ちながら上半身だけで相手との勝負が出来るほど余裕があった。

特に印象的だったのは、前半終了間際のセットスクラムだ。相手の力を殺し、コラプシングのペナルティーをもらった。個々の力を集中させて推進力に変えるテクニックと相手のパワーを利用してスクラムを崩すスキルが抜群のタイミングで出せた瞬間だった。

JAPANの2015年大会はこのアメリカ戦で終わったが、セットプレーの優劣はゲームの勝敗に直結する重要なポイントだ。

フィジカル面の成長は勿論だが、ハイレベルでの実戦を経験する事が大きな成長に繋がる。スーパーラグビー参戦で世界レベルを体感する選手たちには、2019年W杯日本大会に向け、さらなる成長を期待したい。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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