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W杯で日本のスクラムの歴史も変える

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

ラグビーのワールドカップ(W杯)に向けた最後のテストマッチで、日本代表は強力FWのジョージア(グルジア)に13-10で快勝した。チームに弾みをつける勝利といえるが、とくにFW陣は日本の武器の『スクラム』に自信を膨らませたはずである。

ジョージアとはこの4年で3度目の対戦で、過去の戦績は1勝(○25-22)1敗(●24-35)だった。スクラムはどちらの試合でもやられていた。日本の成長の跡を示すスクラム戦のがんばりに、日本のエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)は試合後、こうコメントを出した。

「ジョージアとはタフなセットピースの試合になると想定していたが、ラグビーワールドカップ(RWC)前最後の試合で素晴らしい内容だった。スクラム、とくにフロントローが素晴らしかった。ジョージア相手にモールでトライを取ることができるなんて、不思議に思われたのではないか。今日の勝利から自信を得ることができた」(日本ラグビー協会リリース)

このテストマッチは5日、晴天下の英国・グロスターであった。後半37分、日本がラインアウトからのドライビングモールでインゴールになだれ込み、アマナキ・レレイ・マフィが押さえこんだ。逆転トライ。この時のモールでのFWの結束もまた、スクラムにおける鍛練と無関係ではあるまい。

スクラムは前半6本、後半9本のトータル15本が組まれた。マイボールは4本、相手ボールのスクラムが11本あった。日本は総じて、ヒット勝負で勝っていた。とくに1番の左プロップ、三上正貴が組みこんでいたから、全体に左から右にウエイトが流れていた。

ただ押し込み過ぎて、前半12分あたりの2本目のスクラムで「ロングアングル」のペナルティーをとられてしまった。序盤の反則は、レフリーにネガティブな印象を与えてしまう。この試合、スクラムでコラプシング(スクラムを故意に崩す)などのPKを4本(相手はゼロ)与えた。せっかく当たり勝っているのにもったいない。改善の余地あり、である。

スクラムは間違いなく、強くなっている。日本のそれの特徴は(1)低さ(2)8人のまとまり(3)ヒットの鋭さ、である。相手とバインドして、8人で前のめりとなり、鋭く当たって「イチ、ニイ、サン」。イチでひざを沈め、ニイ、サンで小さく足をおっつける。

低さは従来からも言われてきたけれど、ダルマゾコーチがきてからは、FW8人の足のポジション、ボディーポジションまで細かくチェックし、修正してきた。8人のまとまりでは、なんといっても、前5人だけでなく、6番、7番、8番がからだを密接して「押す」という意識が強くなっている。

この日の先発メンバーは1番が三上、2番のフッカーは堀江翔太、3番の右プロップは山下裕史。三上は試合後、こうコメントした。

「前回の対戦よりいいスクラムが組めた。あとはレフリングへの対応と相手の揺さぶりに対するスキルを身に付ける必要があることを学んだ。自信になるスクラムもあり、まだRWC本番までに時間があるので、この反省を生かしてよりレベルアップしたスクラムを組みたい」(日本ラグビー協会リリース)

*  *  *

27歳の三上は初めてのW杯出場となる。178センチ、115キロ。英国出発直前には「このW杯で日本のスクラムの歴史を変える」と楽しそうに言っていた。

日本のスクラムの強さは?

「低さですね。やっぱり外国人相手に胸を合わせて組んだら、絶対負けるじゃないですか。だから、低さで対抗する。相撲と一緒で、しっかり腰を落として、低い姿勢で(相手の)胸に頭を付けていくというのが、ジャパンのスクラムのベストかなと思います」

「さらには8人のまとまりでしょ。ロックとバックローの押しがいい。練習の際、バックロー(の体重)が抜けると相手に崩されてしまうので、しっかりと肩を入れて組むようなっています。相手が押してきても、後ろ(ロックとバックロー)が崩れないので、低く、うまく対応できています」

この5カ月、日本代表はダルマゾ鬼コーチの指導のもと、厳しいトレーニングを積んできた。個人練習では例えば、バーベルのおもりが下がったヘッドキャップを頭にかぶってスクラムの姿勢をつくり、両手で握るバーベルを車輪のようにしてジリジリ押して前にでていく。ひざのためづくりと足腰、首の強化のためである。

スクラム練習では、一回、30~40分、8人対8人のスクラムを組んできた。ダルマゾコーチはずっと組んだままで、スクラムを前後、左右に動かしていく練習を好む。1回1分ほど、組み続けるときもあった。

三上はスクラムの自信が膨らんでいる。日本の初戦は強豪の南アフリカ。

「南アはすごいプレッシャーで、どこからでも、僕らのペナルティーになるように組んでくると思う。そこをしっかり抑えて、マイボールだったら、確実に球を出す。相手のボールは押してきても、絶対、押されないスクラムを組んでいく」

南アの強力FWとがっぷり四つに組むと、日本の体力も消耗されることになる。疲れそうですね、と問えば、ぴしゃりと笑顔で言われた。

「僕らが疲れる? たぶん、大丈夫だと思います」

開幕まであと10日余。最終調整と意思統一をして、みんなで日本ラグビーの歴史を変える。FW陣は、日本のスクラムの歴史も変えるのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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