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都知事にふさわしいリーダーとは。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

東京都の猪瀬直樹知事の辞任に接し、リーダーたる者の行動の良し悪しを考えた。権力の座にいるのだから、より自分を律し、すり寄ってくる者に毅然とした態度をとらなければならない。周りへのリスペクト(敬意)を失わず、決してカネや人に傲慢であってはならないのである。

2020東京五輪パラリンピック招致の過程で、猪瀬知事を取材してきた。確かに、メディアの前で都庁の職員を怒鳴りつけたり、高圧的な振る舞いをされたりしたことにイヤな思いをしたことはあるけれど、懸命に「スポーツ好きの知事」を演じようとはしていた。東京都として、政府にも言いたいことは言おうとの姿勢もうかがえていた。

東京五輪パラの招致成功に貢献した。決定の直後、猪瀬知事が亡き妻の写真の入ったペンダントを握りしめていた時は、こちらもほろりときたものだ。得意でない英語のスピーチや愛想笑い、海外メディアへの生真面目な対応を見て、つい好感を抱いたこともある。

でも、やっていけないことをした。常識として、無利子、無担保、無期限で5千万円ものカネを借りるのは変である。「脇が甘い」との指摘があるが、人として心が弱いのである。善悪の判断を間違い、欲求に負けた。簡単にいえば、世の中をなめていたのである。

「政治家としてはアマチュアだった」と、猪瀬知事は辞任会見で言った。これは誤用だった。金銭的な報酬を得るプロフェッショナルの対象としてよくアマチュアというコトバを使うが、「アマチュアリズム」こそ、スポーツの基本的思想である。

故大西鐡之祐さんによると、スポーツは元来、楽しみを追求する自由な自己目的的行動であり、そこにアマチュアリズムが存在するのだった。金銭にとらわれない、生死をかけた真剣勝負だからこそ、アマチュアはより、自分や規律に厳格でなければならないのだ。

「アマチュア=素人」は違う。素人だろうが、玄人だろうが、やっていけないことはやっていけない。政務のアマかどうかはともかく、人として、ウソをついてはいけないし、道義に反してはいけない。もちろん、法律を破るのは言語道断である。

アマであれば、よりフェアでなければいけない。きれいか、汚いか、である。大西さんは生前、こう言った。

「例えば、5億円のカネをポンと目の前に積まれたら、“そんなもん要らん”と言うのが当たり前なんです。そやけど、ああ、そんならもらっておけと、あとから政治献金にしといたらええと考える。それはフェアじゃない」

ついでにいえば、自身の不都合の言い訳を亡き妻や秘書に回そうをするのは見苦しい。恥ずかしくないのか。

ただメディアのひとりとして反省するのは、潮目が変わった途端、手のひらを返したような激しいバッシングはいかがなものか。それまでの傲慢な振る舞いは一切報じずにきたのに、権力の座から落ちそうだと見るや、検察情報や政権の意向にのって、一斉に人格まで否定し、すべての行動をたたき出す。

メディアとて、人へのリスペクトは失ってはならない。その上で、辞職しても、猪瀬知事にはちゃんとした総括を求め、5千万円の趣旨や経緯、東電病院売却問題についての真相を伝えなければならないだろう。

次の都知事は当然、7年後の東京五輪パラの準備作業のけん引車ともなる。都政の実務能力も必要だろうが、東京都民には是非、こんどはフェアな精神を持つリーダーを選んでいただきたい。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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