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早大、アルティメットクラッシュの理由

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

勝敗の流れを決めるスクラムトライと、観客を沸かすジャパンのFB藤田慶和の3トライ。早稲田主将のプロップ垣永真之介の目指した『アルティメットクラッシュ(徹底的な勝利)』の実践だった。

試合後の記者会見。6月に大敗した慶応に69-7で圧勝したとあって、コワモテの後藤禎和監督の口元がゆるむ。

「そこから、這い上がってきたというコトバがあてはまるかもしれない。1対1の部分で相手をたたきのめすことを、よく試合で体現してくれた。監督の立場として、あまりこういうセリフは使わないんですけど、非常に評価できる試合でした」

とくに後半の失点がゼロというのがいい。ラスト10分に2トライを加えた。帝京大を見据えた場合、この時間帯が勝負となるのである。

伝統の早慶戦で、早稲田のスクラムトライは極めて珍しい。前半16分。左中間の敵陣前の5メートルスクラムだった。

赤黒ジャージの8人がぐっと固まる。力を結集させ、黒黄の固まりを右から左へ、どっどっどっと押し込んだ。よく見ると、最後は一列目同士が立っていた。つまり、早稲田FWの結束とうしろの押し、ロックと両フランカー、NO8の密着度がよかったことになる。

「ST(スクラムトライ)が決まった瞬間は、疲れたな、という感じでした」と、垣永主将はわらう。ゴールも決まり、21-0。

「でも、心地よい疲れでした。何百、何千本とつらいスクラムを練習で組まされてきたお陰です。ST自体そんな簡単にとれるものじゃないので、この早慶戦でとれたというのはチームの自信になります」

スクラム以外でも、FWは1人ひとりがからだを張った。ブレイクダウンでは、ボールキャリア―の動きが激しくなった。2人目の寄りも相手よりはやかった。そして、この日のゲームの主役が対抗戦デビューの藤田だった。

もはや『打倒!帝京大』の切り札的存在である。慶応のタックルが甘かったこともあるけれど、ボールを持てば大幅ゲインする。早稲田のチーム練習参加が少ないため心配された周りとの連携も悪くなく、早稲田の展開力にスピードと幅を加えた。

前半6分の先制トライでは、相手2人を引きつけてオフロードパスで右WTBの荻野岳志につなげた。モロに相手チャージを受けたキックもあったけれど、日本代表やニュージーランドでプレーしてきたからだろう、視野が広がっているような気がする。

個人的には、声を出して、コミュニケーションをとろうとしているのがいいと思う。後半38分の自身3つ目のトライ。相手FBが上がっているとみるや、「ウラ、ウラ」とコールして、浅見晋吾のディフェンスライン裏への“ゴロパン”に走り込んだ。

なんといっても、ひとりでトライをとれる能力がある。ボールを持つとワクワクする。フィジカルがアップしたのだろう、下の動きにも力強さが生まれた。

イッキのダッシュ力は天性である。藤田が入れば、相手ディフェンスの的を絞らせにくくなる。中央スクラムの時、左にSO小倉順平、右に藤田が立ち、どちらサイドにもアタックできる布陣をひいた。

いずれ、再戦することになるであろう帝京大のディフェンスは慶応の数倍厳しかろうが、藤田加入で、ワセダはいろんな仕掛けができるようになる。ことしの両CTBはアタックのタメをつくれる。これに藤田が絡めばオモシロい。

早稲田に合流して1週間。藤田がわらいながら言う。

「サインとかしっかり覚えてやっているんですけど、”エッ、これ、なんでしたっけ?”というのがあるんです。でも周りとの連携はともかく、コミュニケーションはとれていたと思います。これからは早稲田にいるので、チームとの連携を高めていきたい。自身としても、日本代表やニュージーランドで学んだことも取り入れて、いいカタチでミックスさせてレベルアップさせていきたい」

まだハタチである。孝行息子は両親にプレゼントのトライを約束していた。11月22日が両親の結婚記念日で、母親の誕生日だったそうだ。「いい話なんですけど」と言って、顔をくしゃくしゃにした。

「おとうさんとおかあさんの結婚記念日で、おかあさんの誕生日で。ちゃんとふたつ、プレゼントをあげることができました」

ソフトな口調ながら、目的意識が高い。「あと6連戦あるので」と漏らした。大学選手権決勝までの試合数である。

まずは1つ、1つである。攻撃力がアップしても、もっともっとディフェンスを強化しなければいけない。慶応にトライを許したモールディフェンスがモロ過ぎる。

覇権奪回のポイントは、いかに失点せずに、相手のFWやバックスを止められるかである。規律と精度、執念である。

おっと、書くのを忘れるところだった。会見の最後、後藤監督が熱っぽくこう、語った。

「次の早明戦。お客さんに国立にきてもらいたい。とくに学生、早明両校の一般学生に是非、きてもらい、母校の校歌を大声で歌って、仲間を目いっぱい応援して、酒を飲んで、騒いで…。みなさん、ご協力をお願いします。そう書いて下さいよ」

12月1日の早稲田×明治は、現行の国立競技場の改修前の最後の早明戦となる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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