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柔道 解任案否決の理由

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

暑さのためだけではない。この嫌なモヤモヤ感は何だろう。全日本柔道連盟(全柔連)の臨時評議員会で、上村春樹会長ら全理事(23人)の即日解任の提案が出されたが、やはり解任はゼロだった。

武士の情けといったところか。「これで柔道界の改革がストップしました」と、解任案を出した了徳寺健二評議員は嘆く。

「柔道家は、情愛が強いんですね。柔道界の常識は社会の非常識。柔道の存続の危機というのが理解されていません。自浄作用がない。未来の柔道に対し、重い十字架を背負うことになると思います。非常に残念です」

上村会長ら執行部の作戦勝ちだった。7月30日の講道館で開かれた臨時評議員会の冒頭、上村会長ら執行部が8月末までに引責辞任すると表明した。残る期間、柔道の改革、改善の道筋をつけるため、「責任を持ってやりたい」と。内閣府からの解体的出直しを迫る勧告を受け、辞任時期を前倒しした格好である。

そのあと、了徳寺評議員が、「責任の所在を明らかにしないままの改革はありえない」と主張し、即日解任を提案した。結果、上村会長の解任は賛成16、反対39、棄権2で否決された。上村会長は疲れ切った表情で言う。「情けない。(解任案は)非常に重く受け止めています」と。

上村会長の解任案が否決された理由は3つ、ある。1つは、了徳寺評議員が指摘した同情論。近く辞めると言っているのに、すぐに解任する必要はない、というわけだ。2つ目が、上村会長の影響力。上村会長は、柔道の総本山の講道館の館長も務める。講道館は段位の認定を行うなど、柔道界には絶大なる力を持っている。そんなトップに反旗を翻すわけにはいかないのだ。

3つ目は、了徳寺評議員の戦略不足、ビジョン不足である。たしかに同評議員の主張は正論ではある。だが、会長がとにかく辞めればいいというものでもない。より大事なことは、会長を代えて、どう柔道界を立て直すのかである。どう抜本的な改革を断行するのか、それがないから説得力に欠ける。

例えば、すぐに外部から新たな会長を招けば、執行部の責任をただし、公平性を担保できる組織替えができる、あるいは経理関係をガラス張りにできるシステムができる。執行部、理事会、評議員会のそれぞれの機能を明確、透明にする。そういった建設的な意見がないから、綺麗ごとで終わってしまった。

兎にも角にも、改革がストップしないまでも、上村会長のクビにこだわるあまり、改革のスピードは遅くなっている。だから、内閣府にしりをたたかれてしまうのだ。キーワードは「公平性」「透明性」「外部性」か。

ついでにいえば、柔道界の抜本的な改革を考える時、やはり全柔連と講道館の関係の見直しはマストである。柔道を「スポーツ」として発展させていきたいのならば、講道館も、全柔連と同様、透明性を担保し、もっと外部の人を加えていく必要があろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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