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猪瀬知事の握手のワケ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

どうも東京に“追い風”が吹いてきたようだ。先のロシア・サンクトペテルブルクのプレゼンテーションに続き、国際オリンピック委員会(IOC)が公表した2020年夏季五輪招致都市の評価報告書でも、東京が高い評価を得た。

新宿・東京都庁で開かれた夜9時半からの記者会見。最後に壇上に上った東京五輪パラリンピック招致委員会会長の猪瀬直樹・東京都知事はうれしそうな笑みを浮かべていた。招致委の水野正人専務理事、竹田恒和理事長と固い握手を交わした。

「全般的に高い評価を得たことを、大変うれしく感じています」。握手のワケを聞かれると、猪瀬知事は「我々は一緒に(招致活動を)やっています。そういう気持ちが通じ合っていることを表現したかったからです。まだ(招致レースは)途上にある。これからもチーム・ニッポンとしてひとつになってやっていこうという連帯感を持っております」

猪瀬知事の気分の高揚も、100ページ以上に及ぶ英文の報告書を読めば分かる。東京に対しては大きな指摘はなされておらず、東京の開催計画、運営能力を評価する記述が並んでいるからだ。とくに地震の懸念や、原発事故の影響による電力不足などへのIOCの不安が払しょくされている。

対照的にイスタンブールは、隣国シリアの内戦による治安上のリスクや輸送計画の不安を指摘された。マドリードも経済危機の影響に懸念が示されている。

これは、4年前の2016年招致の時の評価報告書とはえらい違いである。4年前は、ここでリオデジャネイロが抜けだした。サマリー(要約)のところで、リオだけに「very」が付けられ、「非常に質の高い都市」と評価されたのである。(今回、報告書のサマリーはなくなっっている)

4年前の時、たしか東京は「既存施設の中に、大規模な改修が必要なところがある」と指摘され、なんといっても世論の支持率が「55・5%」と書かれていた。もちろん4都市では断トツの最低だった。

今回は、東京の支持率(強く賛成+賛成)が「70%」である。この報告書がIOC委員の投票行動に与える影響は読めないけれど、これから招致活動を続けていく3都市の招致委員会に与える精神的なものは大きいだろう。東京招致委は「イケる」となる。

猪瀬知事は言った。

「どんどん求心力が強くなっていく。ほんとうにね、みんながどんどんやる気が深まっていくんですよ。やっている側はいい感じで力が入ってきますよ。より一層のつよい求心力、都民や国民を含めて、そういうものがより強まっていくことが勝負のカギだと思っております」

世界の動きをみても、トルコの反政府デモのほか、ブラジル、イタリアでもデモが起きている。2016年リオ五輪などの準備も遅れている。こんなときは、どうしても「安定感」を求めることになるだろう。

東京は、7月3日のテクニカル・ブリーフィング(ローザンヌ)でのIOC委員に対するプレゼンテーションでも、「安全・安心・確実な五輪」を強調していくだろう。

例えれば、4年前は無風のヨットレースだった。だから、チャレンジングな南米初のリオが勝利した。だが、今回は悪天候下のレースみたいなものだ。ならば…。

もちろん油断はできない。風向きがいつ変わるか、何が起こるかわからない。勝負はこれからである。まず失言や失敗はしてはいけない。慎重に慎重に。さらには効果的なロビー活動を展開していかなければならない。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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