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引退翻意・木村沙織の主将像

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

ロンドン五輪で銅メダルを獲得したバレーボール女子日本代表の新チームがスタートした。バレー人生初の主将に就任した木村沙織(トルコ・ワクフバンク)は、一度は引退を決意したことを明かし、「キャプテン、キャプテンというタイプじゃないので、“自分らしく”できたらいい。みんなが自分の意見をポンポン言えるようなチームになればいいのかな、と思います」と笑顔で抱負を口にした。

会見は、驚きと笑いの連続だった。真鍋政義監督がトルコに木村を訪ね、新主将就任を告げようとしたのは1月中旬だった。だが、その場で、木村は就任を固辞するだけでなく、「ワールドグランドチャンピオンズカップ(11月)でバレーを辞めます」と切り出した。木村が説明する。「ロンドンでメダルをとらせてもらって、初めて海外でも経験させてもらって、バレーボールの経験はひと通りやらせてもらいました。自分でも十分、がんばってきたと思ったので」と。いわば燃え尽き症候群だったのだろう。

木村はその後、悩んだ。真鍋監督からトルコで10日間、説得攻勢を受け、帰国した監督から「熱いメール」をもらい続けた。親や信頼できるコーチ、チームメイトには相談した。「キャプテンを受けずに終わったら、あとで後悔するのではないか。自分がキャプテンになったらどういうチームになるのか」。やはり後悔はしたくない。3月中旬、覚悟を決め、監督に「よろしく、お願いします」という電子メールを送った。

木村は言う。「私みたいな人をキャプテンにするというのは真鍋さんの選択なので、そんなに期待されていないのかな…。ハッハッハ。でも結果は残したい。自分でやると決めた以上は、リオデジャネイロのオリンピックで金メダルを目指して、いや目指してじゃない、金メダルを獲るようなチーム作りを今からしないといけないと思っています」

木村は高校時代の2003年、日本代表入りして10年余、3度の五輪、世界選手権など数多くの大舞台を経験してきた。26歳。「自分らしさ」にこだわる。

「例えば、人前でしゃべったりとか、インタビューを受けたりとか、あまり上手じゃないので…。紅白戦だったり、ごはんにいったりしたとき、当たり前のようにキャプテンがあいさつするんですけど、それはちょっと止めてくださいと言いました。それをキャプテンがするとは誰も決めていないので、このチームでは背番号順で回していったらいいのかなって思っています」。

ロンドン五輪後のシーズンは、世界最高峰のトルコのリーグでプレーした。もう1年、トルコでプレーする意向だ。目指す日本代表のチームは。「海外みたいなチームといったらおかしいですが、オンとオフがはっきりして、メリハリがあって、チームワークがあるチームにしたい。明るく、楽しく。楽しいだけじゃ世界一にはなれませんが」。すなわち個々が自律したチームか。

世界一になるためには?「キャプテンとしてというより、個人的には、食生活だったり、睡眠だったり、生活のリズムを世界一仕様にしたいと思います」。

全体会見の後の個別の囲み会見が終わる。ふと木村の左手の甲を見れば、黒マジックでこまかい文字がびっしり書かれていた。全体会見の冒頭のあいさつのフレーズだった。<リオのオリンピックで金メダルをとるために、今から気持ちを引きしめて、まずは今シーズン、新しい“火の鳥ニッポン”をみなさまに見てもらえるよう、一生懸命がんばりたいと思います>。真面目なのだ。つい好感を抱くではないか。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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