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名人挑戦権争いは熾烈な混戦に! 藤井聡太竜王(20)A級8回戦で永瀬拓矢王座(30)に敗れる

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月1日。第81期順位戦A級8回戦一斉対局がおこなわれました。結果は以下の通りです。

藤井 聡太竜王(6勝2敗)●-○永瀬 拓矢王座(5勝3敗)

広瀬 章人八段(6勝2敗)○-●斎藤慎太郎八段(5勝3敗)

菅井 竜也八段(5勝3敗)●-○佐藤 天彦九段(3勝5敗)

豊島 将之九段(5勝3敗)○-●佐藤 康光九段(0勝8敗)

稲葉  陽八段(4勝4敗)○-●糸谷 哲郎八段(1勝7敗)

【6勝2敗】広瀬章人八段、藤井聡太竜王

【5勝3敗】斎藤慎太郎八段、豊島将之九段、永瀬拓矢王座、菅井竜也八段

【4勝4敗】稲葉陽八段

【3勝5敗】佐藤天彦九段

【2勝6敗】――

【1勝7敗】糸谷哲郎八段(降級)

【0勝8敗】佐藤康光九段(降級)

 藤井竜王-永瀬王座戦は深夜0時47分、129手で永瀬王座の勝ちとなりました。

 藤井竜王は2敗に後退し、同星で広瀬章人八段に並ばれました。

 最終9回戦を前にして、名人挑戦の可能性を残しているのは6勝2敗の2人、5勝3敗の4人。最終戦の結果次第では6勝3敗で複数人が並び、プレーオフとなる可能性もある大混戦となりました。

 B級1組への降級者は佐藤康光九段に続き、糸谷八段と決まりました。

 A級最終9回戦一斉対局は3月2日、静岡県静岡市・浮月楼でおこなわれます。

 藤井竜王と永瀬王座の通算対戦成績は藤井11勝、永瀬5勝となりました。

藤井竜王と永瀬王座、順位戦では初対決

 順位戦の持ち時間は、1日制ではいちばん長い6時間。両者は順位戦での対戦は初めてとなります。

永瀬「6時間で教えていただくのは初めてでしたので。どうなるかはわからなかったんですけど。リーグ戦だと先後は決まってますので、準備をしてという感じだったかなとは思います」

藤井「6時間という長い持ち時間で対局できて。かなり勉強になったと思うので。またそれを活かせたらと思います」

 今年度、棋聖戦五番勝負で戦った両者。直近の対局は9月の銀河戦2回戦でした。

永瀬「藤井竜王と公式戦で当たるのはかなり久しぶりな気がするので。当然といえば当然ですけど。なので、自分ががんばらないといけないなとは思っています」

 現在は五冠を保持する藤井竜王。タイトル戦などで勝ち上がれば、藤井竜王と対戦する機会が増えることになります。

 本局がおこなわれたのは、藤井竜王のホームである名古屋将棋対局場。関東所属の永瀬王座にとってはこちらでの対局は初めてでした。

永瀬「初めてうかがわせていただいたんですけど、本当に一つ一つが手探りというか。わからないことが多かったんですけど」

 朝、先に入室したのは永瀬王座。自分がすわる下座がどちらなのかわからず、迷う場面が見られました。

永瀬「本当に素晴らしい環境を用意していただきまして。自分としては精一杯力を出し切れたかなというふうに思います」

永瀬王座、用意の作戦

 永瀬王座先手で、戦型は角換わり腰掛銀。35手目、永瀬王座は3筋で歩を突っかけていきます。そこまでの消費時間はわずかに3分。これが用意の作戦でした。

 藤井竜王は少しずつ時間を使いながら応対。対して永瀬王座からは飛車を取らせる間に攻め込む強襲がありました。

永瀬「なかなか中盤がかなり難しい将棋なので、どう指されても難しいというか。選択肢が多い将棋かなと思いながら指していました。飛車を取らせるというか、取られるところまで仕方ないのかなと思いながら指していました」

藤井「▲3五歩から積極的に強く仕掛けられて。ちょっとほかの対応もあまり自信があるという変化がわからなかったんで本譜を選んだんですけど。ただやっぱりそうですね。(53手目)▲2四歩まで進められて。飛車を取ったんですけど、こちらの玉にやっぱりかなり迫られてしまっている形なので。やっぱりちょっと自信がない展開なのかなと思っていました」「▲2四歩と打たれた局面がちょっと。その局面自体の形勢や、ちょっとそのあとどう指すべきかというのがまったくわからなかったので。そのあたり差がついてしまったのかな、というふうに感じています」

 54手目。藤井竜王は永瀬陣にと金を作り、反撃に出ます。

藤井「△2七歩成からと金を活用するという展開に期待したんですけど。ただやっぱりそうですね。先手からの攻めがかなり厳しい形なので。あのあたり、ちょっと苦しくしてしまっているなというふうに対局中も感じていました」

 コンピュータ将棋ソフトが示す評価値の上では、形勢は少し永瀬王座がリード。しかし永瀬王座自身は、それほど自信がなかったようです。

永瀬「基本的にはよくわからないものの、夕休(57手目)の局面はさっぱりわからない気もしたんですけど。一手一手難しい将棋で、よくわからないなと思いながら指していました」

藤井竜王、手段を尽くすも届かず

 59手目。自陣に金を打って受けるのが手堅いと思われたところ、永瀬王座はと金を寄せて藤井玉に王手をかけ、攻め合いに出ます。

永瀬「指していて指しやすいと思った局面はなかったような気もするので。難しいと思いながら。手応え自体もよくわかってはいなかったです」

 永瀬王座優勢で迎えた最終盤。藤井竜王は82手目、歩を成って王手をかけます。残り時間は永瀬7分、藤井5分。永瀬王座は1分を使い、同玉と応じました。これが正解で、永瀬玉に寄りはありません。

 藤井竜王はここでがっくり。対局中、自分の心情をあらわにするのは損のようでもありますが、藤井竜王はそうしたところで勝負しているわけではないようです。

 94手目。藤井竜王は3分を使って、あとは1手60秒未満で指す一分将棋に。龍を二段目に引き、中段四段目に逃げ出した永瀬玉を下から追います。

 永瀬王座は1分を使って、残りは2分。自陣に金を打ったのがしっかりとした受けでした。

永瀬「実感としては95手目の▲5八金あたりまで進むと少し厚いのかなという気はしました」

 深夜の順位戦。記録係が秒読みを続ける中、少しでも永瀬王座が誤ればすぐに逆転という攻防が続きます。しかし永瀬王座は正確に指し続け、逆転を許しません。

 129手目、永瀬王座が藤井陣に銀を打って、藤井玉はほぼ受けなしの形。一方、永瀬玉に詰みはありません。

 脇息(きょうそく)に左手のひじをつき、しばらくうなだれていた藤井竜王。記録係の「40秒」の声を聞いたあと「負けました」と一礼。永瀬王座が「ありがとうございました」と一礼を返して、深夜0時47分、熱戦に終止符が打たれました。

藤井「将棋としては的確に指されてしまって、なかなかチャンスが見いだせないという感じだったかなと思います」

 藤井竜王の順位戦通算成績は55勝5敗(勝率0.917)となりました。

 藤井竜王の今年度成績は41勝9敗(勝率0.820)となりました。

そして「一番長い日」へ

 3月2日におこなわれるA級最終9回戦。対戦カードは以下の通りです。(▲=先手、△=後手)

△広瀬 章人八段(6勝2敗)-▲菅井 竜也八段(5勝3敗)

▲藤井 聡太竜王(6勝2敗)-△稲葉  陽八段(4勝4敗)

▲斎藤慎太郎八段(5勝3敗)-△永瀬 拓矢王座(5勝3敗)

▲豊島 将之九段(5勝3敗)-△佐藤 天彦九段(3勝5敗)

▲糸谷 哲郎八段(1勝7敗)-△佐藤 康光九段(0勝8敗)

 藤井竜王は稲葉陽八段と対戦。勝てばプレーオフ以上となります。

藤井「まずは最終局で自分自身がよい将棋を指せるように全力を尽くしたいと思います」「(稲葉八段には)前期の順位戦では負かされていますし。やはり非常に手強い相手だと思っています。また来月になるので、それまでにしっかりいい状態で臨めればと思います」

 永瀬王座は同成績の斎藤八段と対戦します。

永瀬「斎藤八段と順位戦で対局するのはたぶん3回目ぐらいだと思うんですけど(過去にB級1組で1回、A級で1回)。順位戦で勝ててはいないと思うので。とても強敵だなという印象で。やっぱり斎藤八段は順位戦にかなりよい成績を残されている印象があるので。後手番ですし、できる限りの準備をしなければいけないのかなと思います。成績の方は基本的にはあまり考えないタイプではあるので。そうですね、まずは斎藤八段相手にいい将棋が指せればいいなというふうに思います」

 藤井竜王、広瀬八段が最終戦で敗れて3敗に後退すると、最大5人で並ぶ可能性まであります。

「将棋界の一番長い日」と呼ばれるA級最終日。はたしてどのような結末を迎えるのでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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