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じっと我慢の藤井聡太竜王(19)大ピンチをしのいでB級1組トップ8勝1敗&順位戦通算47勝2敗!

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月2日。東京、大阪の将棋会館においてB級1組順位戦9回戦がおこなわれました。結果は以下の通りです。

藤井 聡太竜王(8勝1敗)○-●近藤 誠也七段(2勝6敗)

佐々木勇気七段(7勝1敗)●-○屋敷 伸之九段(4勝5敗)

千田 翔太七段(6勝3敗)●-○三浦 弘行九段(5勝3敗)

横山 泰明七段(4勝5敗)●-○松尾  歩八段(2勝6敗)

郷田 真隆九段(4勝4敗)○-●阿久津主税八段(2勝6敗)

木村 一基九段(2勝6敗)●-○久保 利明九段(3勝5敗)

稲葉  陽八段(5勝3敗)=空き番

 大阪・関西将棋会館でおこなわれていた▲近藤誠也七段(25歳)-△藤井聡太竜王(19歳)戦は深夜0時29分、114手で藤井竜王の勝ちとなりました。

 これまで無敗でトップを走っていた佐々木勇気七段が初黒星を喫したため、昇級争いは藤井竜王が1番手に躍り出ました。

 藤井竜王の順位戦通算成績は47勝2敗(勝率0.959)となりました。依然史上最高のペースで勝ち続け、A級昇級に向けて走っています。

 藤井竜王の順位戦2敗のうちの1敗はC級1組のとき、近藤現七段に喫したものでした。

 藤井竜王はB級1組で近藤七段に追いつき、そして今回、雪辱を果たした格好となりました。

 両者の対戦成績はこれで藤井6勝、近藤1勝となりました。

 藤井竜王は本局をもって2021年の対局を終えました。年度成績は44勝9敗(勝率0.830)です。

藤井「自分は順位戦に関しては次の対局は年明けになりますので、それまでにしっかりいい状態にして、残り3局、全力を尽くしたいと思います。(2021年は)全体としては実力以上の結果が出せてとてもいろいろいい経験ができた一年だったかな、と思っています」

藤井竜王、耐え抜いて辛抱を実らせる

 近藤七段先手で、対局開始。藤井竜王は9手目、角筋を開いたあと、スーツの上着を脱いでグレーのセーター姿になりました。冬に入って、順位戦は佳境を迎えています。

 戦型は角換わり腰掛銀。現代最新の流行は右金の姿が▲4八金-△6二金のバランス重視型です。本局では従来からある▲5八金-△5二金型。堅さを重視する固め合いになりました。

 序盤の微妙な駆け引きの中、近藤七段にとっては序盤25手目で突き越した端9筋が大きな主張点となりました。

近藤「昔流行していた形だと思うんですけど、その形に比べると、いろいろ比較してたんですけど、少し得な変化もあるかな、と思ってました。(9筋の突き越し?)そうですね、その点も大きいと思いました」

 序盤から中盤にかけて巧みにリードを奪ったのは近藤七段でした。

藤井「(36手目)△5二金から少し玉を固めて、攻めていける展開になればと思っていたんですけど。ただちょっと、本譜は作戦失敗してしまって。ちょっと苦しい展開が続いているのかなと思っていました」

 午後に入ってからはスローペース。41手目。近藤七段は玉を入城します。藤井竜王からは仕掛けていく順が見えますが、それを見送って、玉側の香を上がりました。これは穴熊に組み替える順を見せたものかと思われました。

「スキあらば穴熊」

 というのは堅さ重視の平成における言葉です。しかし本局、藤井竜王はそこから穴熊に組んだわけではなく、間合をはかった手待ちだったようです。

藤井「(41手目)▲8八玉にすぐ仕掛けていく順が自信が持てなくて見送ってしまったんですけど。ただそうですね、本譜はやっぱり(43手目)▲3七桂跳ばれたのが大きくて、ちょっと苦しくしてしまったので、その前後で工夫が必要だったかなと思います」

 時間差で仕掛けていった藤井竜王。そこで近藤七段からのカウンターの角打ちが的確でした。ABEMAの「勝率」表示では近藤60%-藤井40%。序盤から中盤の早い段階で近藤七段がリードを奪ったことを示しています。

 解説を務める森内俊之九段は検討のあと、次のように語っていました。

森内「いま表面上は60%となってますけど、体感的には私はもっとかなり高く見てるんですよね。それをなんとか、それ以上広げないように、しばらく我慢の時間かなと思いますね」

 考えること1時間14分。藤井竜王はじっとひとつ飛車を浮いて耐えます。

「じっと我慢のボンカレー」

 将棋界ではそんな言葉があります。

 藤井竜王にとっては、我慢の状況が続いていきます。

 苦境に追い込まれた藤井竜王はときおり、前のめりにうなだれたり、ぐったり脇息にもたれたりと、いかにも苦しげな仕草を見せました。

藤井「形勢は苦しいと思ってました」

 夕食休憩のあと、48手目、近藤七段もまた藤井玉の近くから攻めていきます。藤井竜王は端9筋を突き上げて手段を求めました。

森内「ちょっと浮かばないです」

 近藤七段もそこから最善を指せたという感触はなかったようです。

近藤「夕食休憩のところは手応えがあったんですけど・・・。そうですね、もうちょっと丁寧に指すべきだったかもしれません。(49手目)▲2四歩から(53手目▲2五歩と)継ぎ歩をしたあたりが焦ったのかもしれないですけど。まあちょっと、よくできなかったですね」

 ただし形勢は近藤七段よしで推移していきます。形勢表示は「近藤70%」にまで至り、このまま近藤完勝で終わる可能性もあるかとも思われました。

 藤井竜王の時間は刻々と削られていきます。70手目、飛車の底に香を打ち、二段ロケットの形を作る一手に56分が使われました。持ち時間6時間のうち、残りは近藤58分、藤井26分。盤上の形勢も残り時間も、近藤七段有利で終盤戦に入りました。

 73手目。近藤七段は自陣を受けず、桂取りに歩を打ち、強気に攻め合いに出ました。

森内「えっ? 本当に? うーん、すごい手が出ましたね。これは1秒も読めなかったですね。この歩、すごくないですか?」

 結果的にはこの近藤七段の判断はどうだったか。形勢は一気に接近していきます。長く苦しい時間を耐え抜いた藤井竜王にも楽しみが出てきました。

森内「藤井さんはずっと午後から苦しい戦いでしたけど、ここでほとんど並んだというか、ここからが勝負ですね」

 近藤七段もこのあたりは誤算があったのかもしれません。

近藤「(69手目)▲2六香打ったあたりも自信はあったんですけど、ちょっと△9一香打たれて・・・。うーん。まあ自信があるつもりでやってたんですけど、ちょっとわからなくなってしまいましたね」

 74手目。藤井竜王は歩を成って王手をかけます。

森内「これは藤井竜王、やる気出ますね。チャンス到来です。初めて来たチャンスですからね。ずっと押されてて苦しかったんですけど、(午後)11時まで。(午前10時の対局開始から)13時間ですか。我慢して、やっとチャンスが来ましたね。耐えるのが大変なんですよ、本当にね。まだ有利ではないですけど、いままでのことを考えれば夢のような展開といえるでしょうね」

 森内九段がそう語っているところで近藤七段の手が動き、角でと金を払います。

森内「角で取るの? すごいなあ・・・。ひえー」

 将棋界では驚いたときに「ひえー」と声にするのが近年の伝統です。

 思わぬ進行を経て、形勢はいつしか逆転。ついに藤井竜王が優位に立ちました。

 77手目、近藤七段は歩を成りながら桂を取ります。対して藤井竜王が取れる銀を取らず、と金をじっと払ったのが好手でした。

近藤「(▲7三歩成△同角と進んで)ちょっとそのあたりでまずくしちゃったかもしれないですね」

藤井「△7三角と、と金を取って、少し角が使える形になったのでちょっと、難しくなったかなと思いました」

 形勢を逆転された側は気持ちが折れそうになりそうなところ。しかし近藤七段もあきらめず、最善を尽くしてがんばります。この日おこなわれたB級1組の6局中、本局がいちばん最後に残りました。

藤井「(97手目、飛角両取りに)▲7四銀と打たれて、本譜(△3七角成と桂を取る)か(両取りを逃げず)△9六香と走るか、ちょっとどちらかわからなかったです」

 まだ難しい終盤戦。時間が切迫していく中、藤井竜王は誤りません。

近藤「後手陣が手厚くなってしまったんで・・・。そうですね、ちょっとまずいですね」

 107手目。近藤七段は王手から逃げ、残り時間は藤井3分、近藤2分。深夜のドラマが起こりそうな場面でもあります。

 108手目。藤井竜王は1分を自玉の一手の余裕を見切り、相手玉から遠いところ、じっと飛車取りに歩を成りました。

藤井「△2八歩成が間に合う形になってよくなったかなと思いました」

 113手目。一分将棋に追い込まれていた近藤七段は攻防に利く位置に飛車を打ち、藤井玉に詰めろをかけて、形を作りました。

 114手目。藤井竜王は相手の駒が4枚利いているところに、王手で桂を打ちます。大熱戦のフィナーレを飾るにふさわしい名手。これでどう応じても、近藤玉は詰んでいます。

「30秒・・・。40秒・・・。50秒、1、2」

 そこまで秒を読まれ、近藤七段は次の手を指さず、盤上に藤井竜王の名手を残して、美しい終局図としました。

近藤「(今期順位戦は)ちょっとみっともない成績が続いているんで、一局一局、しっかりやっていかないといけないですね」

 近藤七段はそう反省していました。しかし近藤七段の実力があればこそ、途中までは藤井竜王を追いつめていたわけです。近藤七段は残り4戦、残留をかけての戦いが続きます。

 藤井竜王は大きなピンチを乗り越え、ついにA級昇級争いの1番手となりました。

 藤井現竜王はC級1組で近藤現七段に敗れ、1期ほどそこに留まることにはなりました。しかし他の期はすべて昇級。もし今期も昇級となれば、近年では異例のスピードでのA級昇級となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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