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鬼軍曹・永瀬拓矢王座(29)挑戦権争い2番手に浮上 二転三転の終盤制し糸谷哲郎八段(33)に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 11月12日。東京・将棋会館において▲糸谷哲郎八段(33歳)-△永瀬拓矢王座(29歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は19時6分に終局。結果は120手で永瀬王座の勝ちとなりました。

 永瀬王座はこれで3勝1敗。藤井聡太三冠(4勝0敗)に次いで、挑戦権争いの2番手に浮上しました。次は11月15日、近藤誠也七段(2勝1敗)と対戦します。

永瀬「中2日で次の対局で、ここからスピーディーに進んでいきますので、せいいっぱい準備をしてがんばりたいと思います」

 糸谷八段は0勝5敗。11月24日、最終戦で羽生善治九段(3勝2敗)と対戦します。

永瀬王座、大きな一番をものにする

 本日は竜王戦七番勝負第4局▲豊島将之竜王-△藤井聡太挑戦者戦の1日目。そちらと本局を並行して見ていたという方も多いでしょう。

 本局、先手の糸谷八段は角換わりから早繰り銀に出ました。2枚の銀が前線に進んだタイミングで永瀬王座は糸谷陣にカウンターの歩を打ち、と金を作ることに成功します。

 昼食休憩後、永瀬王座はと金を捨て、飛を成り込んでいきます。糸谷八段はその龍を追いながら押さえ込みの態勢を築きました。

 両者の持ち味がよく出た、見応えある応酬が続く中、次第にリードを奪ったのは永瀬王座でした。

 永瀬王座がじっと盤の前に座って考え続けるのに対して、糸谷八段は頻繁に席を立ち、永瀬王座の指し手を待ちます。デビュー以来ほぼずっと変わらない、糸谷八段の対局スタイルです。

 67手目。糸谷八段は取れる金を取らず、ノータイムで自陣に歩を打ち、意表の粘りに出ます。これが糸谷流の勝負術なのでしょう。

 17時、千駄ヶ谷の町の防災無線から「夕焼小焼」のメロディーが流れます。糸谷八段が席をはずしている中、優勢の永瀬王座はじっと熟慮に沈んでいました。

 考えること54分。永瀬王座は相手のいない盤に向かって、あたりになっている金を逃しました。

 それを見て席に着く糸谷八段。その様子からは元気がないようにも見えます。しかしもちろん、勝負をあきらめているはずがありません。攻防とも手段を尽くし、相手を楽にさせません。永瀬玉も次第に危ない形になってきました。

 86手目。永瀬王座は壁銀を端に上げます。

永瀬「玉の逃げ道を作って、耐久力を上げた感じではあったんですけど。ちょっと判断が難しいというか、確実に攻められる形になってしまったので、忙しいのかなと思っていました」

 90手目。永瀬王座は一段目に金を打って王手をかけます。これは決断の一手でした。「王手」という言葉は、一般社会ではポジティブに使われています。しかし現実の将棋では、王手は必ずしも好手とは限りません。むしろ「王手は追う手」という格言が示す通り、むやみな王手は玉を逃して逆効果となります。

 93手目。糸谷八段は玉を引いてきわどく受けます。それが粘りのある形で、永瀬王座は攻めあぐねる格好。糸谷八段の追い込みが功を奏して、いつしか形勢は逆転していました。

 102手目、永瀬王座は龍を切って下駄を預けます。持ち時間4時間のうち、残りは糸谷57分、永瀬2分。

 糸谷八段は何度も席を立ちながら、ここで時間を使います。

糸谷「ちょっとずっとわるいかなと思ってたんですけど、唯一勝つチャンスがあるとしたらそこかな、という感じがしたので」

 糸谷八段は勝ち筋を探しますが、見つかりません。一方、永瀬王座にとっても難解な局面で、読み切れてはいなかったようです。

 考えること17分。糸谷八段が進めた攻防の手順の組み合わせは、正着ではありませんでした。

 大ピンチを脱した永瀬王座。持ち時間を使い切り、108手目からは一手60秒未満で指す「一分将棋」に追い込まれました。しかしもう誤りません。

 114手目。攻防に利かせた中段の銀打ちが鮮やかな「詰めろ逃れの詰めろ」。永瀬王座が勝利を確かなものとしました。

 120手目。永瀬王座は下段に銀を打って糸谷玉を受けなしに追い込みます。対して永瀬玉は詰みません。ここで糸谷八段が投了。二転三転の熱戦にピリオドが打たれました。

記者「二転三転あったかと思うんですが」

 局後にそう尋ねられた糸谷八段。「あっ、そうなんですか?」と声をあげました。最終盤、コンピュータ将棋ソフトの評価値を換算しての「勝率」では、糸谷八段89%という表示が出ていました。

糸谷「89%もあるんですか? じゃあ勝ちがあるんですか? そうか、勝ちがあったのか。しかしわかんなかったんですよね。人の力では・・・。私の力ではなにがあるのか、わからなかったんですよね」

 糸谷八段は感想戦で大きな声をあげました。ではどうやったら勝ちだったか。両対局者によって検討されましたが、なかなかその手順がわからないほどに難解です。

糸谷「終わって相談して勝てないんじゃ、ちょっと勝てないです」

 やがて飛車を一段目ではなく二段目から打つ糸谷八段の勝ち筋が発見されました。

永瀬「これですか・・・。ピンとは来てなかったですけど」

 永瀬王座は二転三転の熱戦をきわどく制し、挑戦権争いで2番手に浮上しました。

 両者の対戦成績はこれで糸谷2勝、永瀬5勝。今年度に入って永瀬3連勝です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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