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完璧スキなし豊島将之挑戦者(31)王位戦第1局で完勝 藤井聡太王位(18)8か月ぶり先手番敗戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月29日・30日。愛知県名古屋市・名古屋能楽堂においてお~いお茶杯王位戦第62期王位戦七番勝負第1局▲藤井聡太王位(18歳)-△豊島将之竜王(31歳)戦、2日目の対局がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 29日9時に始まった対局は30日15時35分に終局。結果は104手で豊島挑戦者の勝ちとなりました。

 第2局は7月13日・14日、北海道旭川市・花月会館でおこなわれます。第2局に向けて、両者は次のように語りました。

豊島「コンディションを整えて、いい将棋を指せるようにがんばりたいと思います」

藤井「ちょっと本局、早い時間の終局になってしまったので、第2局以降熱戦にできるようにがんばりたいと思います」

 両者の対戦成績は豊島挑戦者7勝、藤井王位1勝となりました。

 藤井王位が先手番で敗れるのは昨年10月26日に永瀬拓矢王座に王将戦リーグで敗れて以来、8か月4日ぶりとなります。

豊島挑戦者、非の打ち所のない勝利

 タイトル戦の第1局は開始直前に振り駒がおこなわれ、そこで先後が決まります。藤井王位は先手になった場合、相掛かりで臨む方針でした。

藤井「先手なら相掛かりにしようというふうに思っていたんですけど。相掛かりは序盤から手が広い戦型なので、ちょっとどういう展開になるか、やってみないとわからないのかな、というふうには思っていました」

 難解な序盤戦が進む中、両対局者が何を食べるのかも注目されました。本局では特に、藤井王位が午後のおやつに頼んだ「ぴよりんアイス」が脚光を浴びたようです。

 おやつの時間のあとの39手目。藤井王位は「縦歩取り」のモーションで、3筋で飛車を走り、相手の歩を取ります。先に1歩を得してよさそうですが、豊島挑戦者に桂を跳ねられ反撃の姿勢を見せられると、あまり思わしい進行ではなかったようです。その前に端1筋を突いておく順がまさったかどうか。終局直後、藤井王位はこのあたりの反省をして、感想戦でも検討されました。

豊島「△3三桂跳ねて、後手番としてはまずまずの展開だったですか」

藤井「こちらの陣形はキズが多くて。6八玉型が5七を受けづらいとか、4五歩が伸び過ぎだとか。ちょっとまとめ方が難しい展開にはなってしまったかもしれません。▲4四歩から▲1五歩で悪化させたですかね。かえってこちらの飛車角の利きがわるくなってしまったかもしれないから」

 本譜、藤井二冠は1筋、豊島王位は9筋からそれぞれ端を攻めていきます。

藤井「△9五歩と突かれた手が、思っていた以上に厳しくて、すでに思わしくない形勢なのかなというふうに思いました。正確に攻められてしまって。かなり苦しくなってしまったのかな、という印象でした」

豊島「(端の取り込み合いは)先手の方が先に取り込んでいるので、ちょっとわからなかったですね。こちらも桂馬が先に跳ねて2枚使える形になっているので。目一杯さしてる気がしたんですけど。形勢はちょっとわからなかったですね」

 1日目夕方。封じ手まで約20分というところで、藤井王位は飛車取りに歩を打ちます。コンピュータ将棋ソフトが示す評価値では、ここで少し差が広がったようです。

青野「普通に(▲9八歩と端で)歩を受けておくのはダメなんですか?」

藤井「本譜よりは受けるべきだったと思うんですけど(端を)詰められたのが大きすぎて。これはつらいかなという気がしますね」

 豊島竜王が48手目を封じて1日目終了。ここではすでに豊島竜王がペースを握りました。

 2日目。豊島竜王の封じ手は大方の予想通り。「横歩取り」のモーションで8筋の飛車を7筋にすべらせます。

豊島「(封じ手は△7六飛と)7六歩取るしかないと思って・・・。そうですね、本譜の進行が自然かなと思ったんですけど」

 藤井王位が1筋で香を取ったあと、豊島挑戦者も9筋で香を取り返せる形でした。しかしそうせず、歩を垂らして形勢リードをはかります。

豊島「△9七歩垂らすところで、香車を取る手と△9七歩垂らす手と両方あるので。どちらかでわるくない順があればと思いました」

 進んで駒得となり、豊島挑戦者がはっきり優位を築きます。

 豊島「△3七香を打ち込んでいって先手で攻めれるので。よくなっているような気がしました。攻めていける展開になっていたので、正確に指していければいけそうな気はしていたんですけど」

 藤井王位は長考派。勝つにせよ負けるにせよ(8割以上は勝ちですが)ほとんどの対局で時間をほとんど残さずに使います。しかし本局では比較的時間を多く残して、非勢に陥りました。中継映像が映す藤井王位の横顔は、こころなしか悲しげに見えました。

 終盤の寄せ合いに入り、形勢は豊島挑戦者がはっきり一手勝ち。藤井玉は受けなしに追い込まれる一方、豊島玉は詰みません。

 103手目。投了してもおかしくはないところで、藤井王位は30秒ほど使いました。そして王手。形作りで、桂を打ちました。豊島玉は上に逃げれば1手で詰み。下に逃げれば詰みません。豊島挑戦者は間違うはずがなく、静かに玉を引きます。

 藤井王位はグラスに注がれた「お~いお茶」を口にします。グラスを置き、少し時間を置いたあと「負けました」と一礼。豊島挑戦者が「ありがとうございました」と返し、開幕第1局が終了しました。

 持ち時間8時間のうち、残りは藤井1時間41分、豊島1時間40分。藤井王位がこれだけの時間を残して敗れた例は、ほとんどないでしょう。

 藤井王位は生涯勝率8割4分から3分で推移している、異次元の存在です。

 その藤井王位を相手に、豊島竜王は完璧な指し回しで勝利。対戦成績を7勝1敗(勝率0.875)としました。

 投了後の長い沈黙のあと、藤井王位が小さく言葉を発します。

藤井「桂跳ねられてちょっとわるかったですか?」

 しばらくの沈黙。

豊島「いや、ちょっとわかってなかったんですけど」

藤井「こちらが、形が・・・」

豊島「うーん・・・」

藤井「▲3四飛車(と歩を)取る前に▲1五歩とか・・・」

豊島「ああ・・・」

 前年度末の棋王戦、対局者の渡辺明名人と糸谷哲郎八段は終局後、両者のキャラそのままに、饒舌に一局を振り返りました。対照的に藤井王位と豊島挑戦者は口数の少ないタイプです。やがて関係者や報道陣が対局室に姿を見せ、両者にインタビューがおこなわれました。

 感想戦は序中盤を中心に検討されました。

藤井「全体的にもうちょっと工夫が必要だったかもしれないです」

 藤井王位がそう述べて、両者正座に直って一礼。感想戦も終了しました。

 藤井王位は休むまもなく7月3日、今度は棋聖の立場として、渡辺明名人と棋聖戦五番勝負第3局を戦います。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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