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王者・渡辺明名人(37)後手番矢倉から一気呵成に攻め合いを制し、名人戦七番勝負2勝1敗

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 5月4日・5日。愛知県名古屋市「亀岳林 万松寺」において第79期名人戦七番勝負第3局▲斎藤慎太郎八段(28歳)-△渡辺明名人(37歳)戦がおこなわれました。

 4日9時に始まった対局は5日17時25分に終局。結果は94手で渡辺名人が勝利を収めました。七番勝負はこれで渡辺名人2勝、斎藤八段1勝となりました。

 両者の通算対戦成績はこれで渡辺5勝、斎藤3勝です。

 第4局は5月19日・20日、長野県高山村・「緑霞山宿 藤井荘」でおこなわれます。

渡辺名人、2局続けて夕休前に完勝

 斎藤八段先手で、戦型は第1局に続いて矢倉となりました。

 31手目。斎藤八段は守りの銀を中央に進めます。これは急戦矢倉の意思表示。対して渡辺名人は金銀3枚で金矢倉の堅陣を築きます。

 渡辺名人は角で8筋の歩を交換したあと、長考に沈みました。角を引くのは6筋か、それとも4筋か。名人は1時間4分で深く4筋に引いています。

渡辺「たぶん早い段階で前例がなくなったんで、予定というよりは、その場で考えてやってました」

 対して43手目。斎藤八段は1時間12分考えます。序盤でのゆったりした時間の使い方はいかにも名人戦というところ。そして斎藤八段はもう1枚の銀を中央に上げていきます。

斎藤「一応やってみたい将棋ではありました」

 終局直後、渡辺名人は次のように語っています。

渡辺「駒組の局面で、あまり例がない将棋だったんで、そのあたりが手が広いところだったので、ちょっとどうだったかなっていうのが、いま思ってるところですね」

 斎藤八段は手厚く中央に2枚の銀を並べる形を築きます。

 53手目、斎藤八段が4筋で歩を交換し銀が出た局面では、端歩の細かい違いをのぞけば、過去の類型に合流しています。渡辺名人は次の手を指さず、封じ手となりました。

 1986年王位戦七番勝負第2局▲米長邦雄挑戦者-△高橋道雄王位戦ではほとんど同じ局面が現れています。「温故知新」の言葉通り、時代が何周かして、また似たような局面が現れることは、将棋では珍しくありません。

 渡辺名人は封じ手で、4筋に歩を打って相手の銀を追いじっと収めるのか。それとも積極的に5筋の歩を突いて、相手の銀出をとがめようとするのか。

 2日目朝。封じ手が開かれてみると、渡辺名人が選んだのは4筋に歩を打つ順と示されました。

 終局直後、渡辺名人は5筋の歩を突く順について尋ねられました。

渡辺「それはもうまったく考えてないですね」

 封じ手に関しては、渡辺名人は自身のブログで解説をしています。

 進んで盤面中央の5筋、さらには斎籐玉寄りの7筋でも歩がぶつかります。

 59手目。斎藤八段は2筋の歩を突き捨て、継ぎ歩攻めに出ました。盤面3か所で歩がぶつかる、矢倉らしい、盤面全体を使った戦い。形勢はほぼ互角で推移していきます。しかし局後、斎藤八段はこのあたりの判断を悔やんでいました。

斎藤「そもそも継ぎ歩、▲2五歩をしたのが指しすぎだったかなとは思っていまして。そうですね、単に▲5四歩とか・・・。うーん。ちょっと無理な仕掛けをしてしまったかなと。むしろもう少し収めにいかないといけなかったかなと、思っています。本譜は玉が薄いので攻め合ってはいけなかったかなと思います」

 一方の渡辺名人はそれほど不満のない展開だったようです。

渡辺「(先手からの継ぎ歩の攻めは)しょうがないかな、って感じで。全部攻め筋がわかってたわけじゃないんですけど。ある程度攻められるのはしょうがないかな、というスタンスで。攻め合いの形になったんで、指せるかなっていう感じでやってました。受け一方にはならなかったんで」

 斎藤八段は継ぎ歩攻めで桂を跳ね出していき、攻めの桂と守りの銀の交換に成功します。部分的には成功。しかし大局的に見ればどうだったのか。また斎藤八段は、渡辺名人が金をまっすぐ立つモーションで桂を取り返す順を軽視していました。

斎藤「△2四歩から(△3三)同金直っていう組み合わせがちょっと読めなかったので、そのあたりは精度が甘かったのかな、というふうに思います」

 73手目。斎藤八段は駒得しながら持ち駒にした銀を渡辺陣に打ち込みます。これが飛角両取りで、やはり部分的には厳しい。しかしこのタイミングを待っていたかのように、渡辺名人は一気に前に出ます。

 名人は角を切り捨てて銀と刺し違え、飛車は逃げず、駒損で持ち駒にした桂を王手で打ち込みます。一気呵成、怒涛の攻めで、渡辺名人ははっきり優位に立ちました。

渡辺「本譜みたいな一本道なら勝てるんじゃないかと思って、踏み込んでいきました」

 互いに相手陣の飛車を取り合って、局面は終盤戦に入りました。形勢は渡辺名人勝勢です。

 87手目。斎藤八段は成銀を渡辺玉の近くに寄せます。持ち時間9時間のうち、残りは斎藤1時間3分、渡辺2時間52分。名人にはまだ多くの時間が残されています。名人はここで時間を使って考えました。

渡辺「細かいところの確認ですかね」

 25分考えて、自玉の頭に歩を打ちます。相手の角筋を遮断して、はっきり一手勝ちです。

 91手目。斎藤八段は手を止めます。ここでは中盤の反省がなされていたようです。27分考えて渡辺陣に桂を打ち、形を作りました。

 94手目。渡辺名人はノータイムで桂を打って斎藤玉に王手をかけます。以下は長手数ながら詰み。斎藤八段は作法通り駒台を右手に置き、「負けました」と投了を告げました。

 本局(第3局)の終局は17時25分。前局(第2局)は17時27分でした。名人戦が2日目18時の夕休前に終るケースは、ほとんどの場合、途中から差がついていることを示しています。渡辺名人は2局続けていい内容で完勝を収めたと言ってよさそうです。

 第4局は5月19日・20日で、本局からは少し間があります。

渡辺「次、また間が空くんで、また近くなったら作戦を練って臨みたいと思います」

斎藤「時間が少し空きますので。前局、本局のところは中盤にミスが出ているのかなと思いますので、なんとか改善できるようにと思います」

 斎藤八段は休む間もなく5月7日、王位戦リーグ最終局に臨みます。

 棋王、王将をあわせ持つ渡辺名人。7日には王将就位式があります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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