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才気爆発・糸谷哲郎八段、早指しで広瀬章人八段を圧倒し渡辺明棋王への挑戦権を獲得

松本博文将棋ライター

 12月28日。東京・将棋会館において第46期棋王戦挑戦者決定戦二番勝負第2局▲糸谷哲郎八段(32歳)-△広瀬章人八段(33歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 10時に始まった対局は17時26分に終局。結果は107手で糸谷八段の勝ちとなりました。敗者復活戦で勝ち上がった糸谷八段が挑決を2連勝で制し、渡辺明棋王(36)への挑戦権を獲得しました。

 五番勝負第1局は2月7日、栃木県宇都宮市「宇都宮グランドホテル」でおこなわれます。

糸谷八段、快勝で久々タイトル戦の舞台へ

 棋王戦はベスト4以上からは2敗失格システム。挑決は敗者復活側が勝てば最終決戦として第2局がおこなわれます。

 挑決第1局は糸谷八段の先手。ならば続く第2局は広瀬八段先手・・・と考えられがちなところですが、実は改めて振り駒がおこなわれます。

 振り駒の結果、本局もまた糸谷八段の先手。勝者組決勝もカウントすると、3局連続で糸谷八段先手となりました。

 戦型は角換わりで、糸谷八段は早繰り銀に出ます。これもまた両者の対戦では3局連続です。

糸谷「(トーナメントの)最後の方はずっと角換わり早繰り銀を採用してある程度結果を出せたので、ちょうどよくこの戦法がなじんできて、よく指せたんじゃないかと」

 前2局では腰掛銀で対抗した広瀬八段。本局は相早繰り銀に出ました。そして前例があるとはいえ、おそるべきスピードで両者の指し手は進んでいきます。両者ともに居玉のまま中段で駒がぶつかり合う、激しい展開が再現されました。

 59手目。糸谷八段は前例とは手を変えます。持ち時間4時間のうち、消費時間は糸谷0分、広瀬4分。早指しのテレビ棋戦以上とも思われるような、猛烈な早さです。もちろん両者ともに事前に深い準備、研究がなければ、こうはなりません。

 64手目。広瀬八段は飛車取りに馬(成角)を上がりました。対して糸谷八段側は、常識的にはここで馬と飛車の利きを止めるべく、歩を打つところです。

 糸谷八段は手を止めて考えます。そして32分を使い、歩で間に合うところに角を打ちました。これが強烈なパンチでした。この角は取れそうで取れない。広瀬八段の居玉をとがめ、もし先に駒損をしても、すぐに王手両取りで取り返すことができます。

 対して広瀬八段は冷静に、損な取引には応じず馬を逃げました。そこで昼食休憩。形勢はほぼ互角ながら、流れとしては糸谷八段がペースをにぎっていたのかもしれません。

 午後の戦いに入り、糸谷八段は金で歩を取りながら、さらに駒を押し上げていきます。

糸谷「▲7五角が工夫というか、変化をしたところなんです。ちょっとどうだったかわからないんですけど、うーん、どうですかね。△8三馬▲8五金からなんとか飛車と馬を押さえることに成功して。うーん、ちょっとよくなったのかなと」

 ただしこうした指し方は空中分解を起こせば、それまでです。そこを糸谷八段はさほど時間を使わず、恐るべき腕力で押していきます。

 68手目。広瀬八段はカウンターで上ずった糸谷陣に歩を打ちました。これが銀取りで厳しそうにも見えます。

広瀬「本譜△6七歩入るんで、▲7五角危ないかなと思ったんですけど」

 糸谷八段は相手の手に乗りながら、銀を上に進めます。

 70手目。広瀬八段は長考に沈みます。なんとも手の広い中盤戦。そして1時間45分の長考で、もう一度銀取りに歩を打ちました。

広瀬「大長考したところではあまりいい変化が見つからなかったんで。対応を誤って、組み合わせの中で一番わるい方を選んでしまったのかなと。(長考するまでは)何かあるかなと思って進めてたんですけど。その局面になってみると、うーん、ちょっと、発見できなかったんですけど。もうちょっとマシな順はあったかなと」

 やはり手に乗って、銀を前に進める糸谷八段。中段に飛角金銀銀と並んで壮観です。

 激しい駒のやり取りがおこなわれて局面が大きく動き、形勢は次第に糸谷八段よしとなっていきました。

 77手目。糸谷八段はついに居玉を動かし、戦場から遠ざかります。

糸谷「▲4八玉と上がったところは少し指しやすいのかなと思っていました」

 広瀬八段も攻めを続け、糸谷玉も一見、危ない形となってきたかに見えました。

 87手目。糸谷八段は4分の考慮で中段に角を打ちます。これが攻防にはたらく名角でした。残り時間は糸谷2時間5分。広瀬51分。盤上の形勢も時間も、糸谷八段が大きくリードをしました。

 苦しくなった広瀬八段。さらに時間が削られていきます。

 17時。千駄ヶ谷の町に防災無線から「夕焼小焼」のメロディーが流れました。それから少しして記録係から「糸谷先生、残り2時間です」の声。まだ半分しか持ち時間を使っていないことになります。

 敗者復活戦。糸谷八段は永瀬拓矢王座を相手に、持ち時間を半分も使わずに勝っています。

 糸谷玉は下から攻められ、中段に追われる形となりました。しかし上部が厚くつかまりません。対して居玉のままの広瀬玉は、セオリー通り、上から押しつけられる形です。

 107手目。残り1時間59分の糸谷八段はノータイムで銀を打ち込みます。王手。広瀬玉に詰みはありませんが、受けても一手一手の寄りとなります。

 残り15分の広瀬八段。攻防ともに見込みのない局面を、しばらく見つめていました。そして10分を使い、残り5分を告げられたところで、投了を告げました。

 糸谷八段は初の棋王戦五番勝負出場を決めました。タイトル戦は2016年、王座戦五番勝負で羽生善治王座に挑戦して以来となります。

糸谷「タイトル戦自体が久しぶりなので。なかなかちょっとイメージを取り戻すというか。またタイトル戦の舞台に出れること自体感謝しながら。そうですね、(五番勝負は1日制4時間で)時間も短いので、普段と変わらないような心持ちでやれればと思っています」

 渡辺棋王と糸谷八段は2015年竜王戦七番勝負で対戦。糸谷竜王(当時)が1勝4敗でタイトル失冠となりました。

糸谷「(渡辺棋王は)ますます充実されているイメージで。前回のタイトル戦(竜王戦)でも1-4で負かされた先生ですので。十分に、渡辺棋王の強さは骨身にしみてわかっています。挑戦者として堂々とやっていければと思います」

「現棋界最強」とも言われる渡辺棋王と、早指し、豪腕ぶりにかけては棋界屈指の糸谷八段。観戦する側からすれば、きっと面白い五番勝負となることでしょう。

「冬将軍」とも言われる渡辺明棋王。年明けからは王将戦七番勝負と棋王戦五番勝負、2つの防衛戦を並行して戦います。

 渡辺棋王は現在タイトル通算26期。もし1期防衛すれば谷川浩司九段に追いつき、2期防衛すれば追い越します。

 渡辺棋王は現在、棋王位8連覇中です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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