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永瀬拓矢王座(28)タイトル初防衛&九段昇段達成 五番勝負3勝2敗で久保利明九段(45)をしりぞける

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月14日。山梨県甲府市・常磐ホテルにおいて第68期王座戦五番勝負第5局▲久保利明挑戦者(45歳)-△永瀬拓矢王座(28歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は20時17分に終局。結果は110手で永瀬王座の勝ちとなりました。

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 前期、王座に就いた永瀬王座。今期五番勝負をフルセットの末に3勝2敗で制して、初防衛を達成しました。

 また叡王1期に王座2期をあわせてタイトル獲得通算3期となり、規定により八段から九段への昇段を達成しました。

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 長い歴史を誇る王座戦。主に昭和は中原誠、平成は羽生善治という二人の名誉王座が長く頂点に君臨していました。

 王座戦がタイトル戦に昇格したのは1983年。以来、王座のタイトルを複数回獲得したのは、中原名誉王座(6期)と羽生名誉王座(24期)の2人しかいません。そして今回、永瀬王座が3人目の2期以上獲得者となりました。

 振り飛車党の期待を背負って、全局振り飛車で戦った挑戦者の久保九段。初の王座まであと1勝と迫っていましたが、獲得はなりませんでした。

永瀬王座、対抗形シリーズを制する

 先手久保九段は5筋と7筋の位を取る中飛車。対して永瀬王座は△5四歩と突き返して、強く反発し、午前中から乱戦となりました。

永瀬「最初の△5四歩という仕掛けた手は成立するかどうか、という一局だったと思うんですけど」

久保「(序盤は)いやあ、どうなんですかね・・・。こちらとしては△5四歩なら迎え撃つということで一応△7五歩突いたんですけど。(首をかしげながら)実際ちょっとどうですかねえ・・・。なんとも言えないですかね」

 研究の深いことには定評のある久保九段ですが、この変化までカバーできていたのかどうか。難しいながら、まずは永瀬王座がポイントをあげたようです。

永瀬「△5八馬と飛車を取った手があるんですけど、うーん、ゆっくり指すべきだったかどうか、わからなかったです」

 久保九段は2枚の角を順に自陣に打ち、攻防に利かせます。

 

 久保九段が玉近くの端から攻めていくのに対して、永瀬王座は金銀2枚で対応。手堅く受け止めました。

 17時30分、夕方30分の休憩に入ります。

 18時、対局が再開。45手目。久保九段は1枚の角を永瀬陣近くに飛び出します。2枚角のコンビネーションでどこまで手が作れるのか。

 夜戦に入ってからは、久保九段は苦しいながらも、やや押し戻したように見えました。第4局は久保九段は絶体絶命のピンチに追い込まれながらも、驚異の粘り腰を発揮。手堅さでは定評のある永瀬王座から逆転勝ちを収めてカド番をしのぎ、本局へとつなげています。

 久保九段が現在の段位に昇段したのは2010年。棋王戦五番勝負で佐藤康光挑戦者をしりぞけ初防衛を果たし、タイトル獲得通算3期を達成してからでした。以来現在までにタイトル7期を獲得しています。

 54手目、永瀬王座は端の攻防で得した香を、自玉そばに打ちつけます。

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 この香が攻防によくはたらいて絶好手となりました。

 1枚の角取りになっているので久保九段はその角を逃げます。そこで永瀬王座は香の先に歩を打って、もう1枚の角の利きを止めます。久保九段の2枚の角がはたらきを失い、さらには1枚が取られる展開となって、形勢は再び永瀬王座が突き放しました。

永瀬「終盤以降、わからなかったんですけど、駒得になって少し指しやすいのかな、と思いました」

久保「夕休以降で、もうちょっとやりようがあったと思うんですけど。△4二香から△4四歩。角取られる展開になっちゃったので、それでちょっと苦しくなったと思いました」

 勝勢になってからも永瀬王座は冷静そのもの。相手が攻めてきた端から逆襲し、久保玉を左右はさみうちの態勢に持ち込みます。対して永瀬玉近くには成桂が迫っているものの、すぐに寄せはありあません。

 永瀬王座は前局最終盤、久保九段の粘りに逆転を許しました。しかし本局ではもう差を詰めさせません。

 久保九段は持ち時間5時間を使い切って、あとは一分将棋。そして109手目、自玉に迫る成銀を取りました。

 対して残り7分の永瀬王座。桂を成り込んで王手をかけます。残りは6分。久保玉はこのあと6手で詰みます。

「40秒」

 秒を読まれる中、久保九段はマスクをつけます。

「50秒、1、2、3、4」

「負けました」

 久保九段は頭を下げ、投了の意思を示しました。

 口元にハンカチをあてながら一礼を返す永瀬王座。そしてマスクをして、襟元に手をあてネクタイを直し、ジャケットを着ました。

 永瀬王座はタイトル初防衛、およびタイトル獲得通算3期での九段昇段を決めました。

 第9局までもつれこんだ叡王戦七番勝負では、永瀬前叡王は防衛を果たすことができませんでした。

https://twitter.com/mtmtlife/status/1308051598829117441

 続いての王座戦五番勝負。こちらもまたフルセットにもちこまれたあと、今度は防衛成功となりました。

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永瀬「両方ともフルセットで大変だったんですけど。そうですね、まずは、はい、一つ結果が出たのでよかったな、とは思ってます」

 居飛車の戦型がほとんどの最近のタイトル戦の中にあって、今期王座戦は全局、居飛車VS振り飛車の対抗形となりました。

永瀬「対抗形のシリーズだったんですけど、作戦としてなかなかうまくいかないことが多かった気がします」

久保「事前にいろいろやりたいなと思ってた戦型が指せたというのはよかったなと思いますね。『振り飛車まだまだいろいろあるな』っていうのが、このシリーズでちょっと、自分の中で感じましたね」

「振り飛車でも戦えるというところを証明していければ」と語っていた久保九段。

久保「結果は出てないんで、それは証明できなかったんですけど、今後また、一から出直して、いろいろ、いろんな戦型を試してみたいなっていうのはあります」

 永瀬王座への挑戦権を争う第69期王座戦は、すでに一次予選が進行中です。次の挑戦者となるのは、果たして誰でしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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