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豊島名人の棒銀に渡辺挑戦者は飛車を転回 真夏の名人戦第5局は定跡形からはずれた力戦形に

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 8月7日。東京・将棋会館において第78期名人戦七番勝負第5局▲豊島将之名人(30歳)-△渡辺明二冠(36歳)戦、1日目の対局が始まりました。

 対局がおこなわれるのは将棋会館4階の特別対局室です。

 床の間を背にして上座に座るのは豊島名人。今日はクリーム色の羽織に淡い緑の和服です。

 渡辺二冠は紺の羽織に薄い青の和服。手元に冷たい飲み物を入れた大きなクーラーバッグを置いているのが、この夏、渡辺二冠がタイトル戦をたたかう上でのスタイルです。

 渡辺二冠は近年、頭髪を刈り込んで涼やかな短髪にしています。江戸時代、御城将棋に出る将棋家の者は剃髪して僧体になるのが慣例だったそうです。そういう意味では渡辺二冠の短髪は、将棋界の古い伝統に近い姿なのかもしれません。

 9時。

「それでは定刻になりましたので、豊島名人の先手番でお願いします」

 立会人の屋敷伸之九段が対局開始の合図をして、両対局者一礼。持ち時間9時間、2日間にわたる長い戦いが始まりました。

 豊島名人は初手に飛車先の歩を突きます。

 対して渡辺挑戦者は2手目、角筋を開けました。そして4手目、角筋を止めます。

 この立ち上がりは第3局と同じです。第3局では渡辺挑戦者が序盤で形勢を損ね、1日目午前中から苦しくなりました。つまりはその修正手順を用意してきたということになりそうです。

 9手目。豊島名人は玉を上がったところで、先に3筋の歩を突きました。これで第3局の進行とは分かれました。進んで合流する可能性もありましたが、本局はまったく違う手順に進んでいきます。

 両者は手早く三段目に攻めの銀を繰り出していきます。そして豊島名人はさらに四段目に銀を進め、棒銀にしました。

 渡辺二冠は4筋の歩を伸ばし、さらには飛車を4筋に転回します。部分的には棒銀の動きをけん制する際に指される形ではありますが、本局のような進行は大変に目新しい。

 8筋の飛車先の歩を五段目まで伸ばしてからの飛車回りなので「四間飛車」のカテゴリにも入れ難いでしょう。つまりは定跡形から大きくはずれた「力戦形」と言うべきなのでしょうか。

 対して豊島名人は右辺に金を上がって飛車の動きにそなえ、3筋から歩を突っかけて攻めていきます。

 開始1時間も経たない内に、観戦者にとっては予想もできないような局面となりました。はたしてどこまでが両対局者の想定範囲で、また事前研究が行き届いているところなのでしょうか。

 27手目、豊島名人は玉側、9筋の端歩を突きます。対して渡辺挑戦者は1筋の端歩。こちらは棒銀の動きに警戒した手でしょうか。

 いかにも難しそうな序盤戦。ここからはスローペースとなるのかもしれません。10時45分を過ぎた時点では豊島名人が30手目を考えています。

 1日目の対局は昼食休憩をはさみ、18時30分時点で手番の側が封じ手をして終了となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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