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円熟・練達の木村一基王位(47)か? 若き天才・藤井聡太七段(17歳)か? 運命の王位戦七番勝負開幕

松本博文将棋ライター
タイトル戦に和服で臨む藤井聡太七段(イラスト:@RindaShogiさん)

 7月1日。木村一基王位(47)に藤井聡太七段(17)が挑戦する第61期王位戦七番勝負が開幕しました。

 持ち時間は各8時間。藤井七段にとっては初の2日制のタイトル戦となります。

 対局場は愛知県豊橋市。藤井七段が生まれ育ち、現在も住んでいるのは同県内の瀬戸市です。両市は約80kmほどの距離。旧国名でいえば、豊橋は東側の三河。瀬戸は西側の尾張となります。藤井七段は幼い頃、豊橋で開催された将棋大会にも参加していました。

 将棋王国・愛知県は、板谷四郎九段、進九段の父子によって多くの後進が育てられました。そしていまこうして板谷一門の新進、若き藤井七段によって新たな歴史が刻まられようとしています。

記事中の画像作成:筆者
記事中の画像作成:筆者

 藤井七段は棋聖戦第2局では渡辺明棋聖に勝利を収め、五番勝負を2連勝としました。

 岡崎市出身で、一門の関係では藤井七段の大叔父にあたる石田和雄九段は、藤井七段の強さを絶賛しています。

「私がこのように『本当に強い」とほめると『ほめすぎだ』なんてコメントもいただいておりますが、ほめすぎではありません!」

 石田九段はそう述べています。筆者もまた同感です。

 対局会場はアークリッシュ豊橋。「アークリッシュ」とは、フランス語の「arc riche」つまり「豊かな橋」を英語読みしたものだそうです。

 普段は結婚式などがおこなわれるチャペル「音楽堂」に畳を敷いての対局となります。

 対局室に先に入ったのは挑戦者の藤井七段。夏らしい、淡い水色の和服です。

 藤井七段は先日の棋聖戦第2局で、タイトル戦では初めて和装で臨みました。その時は黒い薄物の羽織を着ていました。

 こちら@RindaShogiさんの素敵なイラストは第2局のときのものです。(お願いして冒頭にも掲載させていただきました)

 続いて濃紺の羽織姿で、堂々たる貫禄の木村王位。8度目のタイトル戦登場で、初めて上座に着きます。

 木村王位ほど、そのタイトル獲得を祝福された棋士はまれでしょう。昨年2019年の将棋界のトップニュースは、何をおいても、木村王位の史上最年長での偉業達成だったでしょう。

 そんな木村王位と藤井七段が相まみえることになるとは、なんとも運命的としか言いようがありません。

 記録係を務めるのは中西悠真三段(18歳、久保利明九段門下)。藤井現七段とは2010年10月、JT将棋日本シリーズ・こども大会、東海大会決勝で対戦しています。

「人生で一番緊張したときはいつですか?」

『将棋年鑑』平成29年版のアンケートに、藤井はこう答えている。

「小2の時のJT杯東海大会決勝」

 藤井はその大きな舞台で、1学年上の中西悠真と対戦した。中西は三重県亀山市の出身。藤井にとっては、子供大会でよく対戦する相手の一人だった。(中略)

 途中で藤井は、角をタダで取られるという大きなポカをした。結果は中西の勝ち。そして藤井はやっぱり、壇上で大泣きをした。その映像は東海テレビによって撮影され、後に全国的に放映されている。

出典:松本博文『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』2017年刊

 藤井七段は無類の負けずぎらい。幼少期には将棋で負けた際に大泣きをすることで、地元の将棋関係者には知られていました。もちろん今は、負けて泣くことなどありません。それでもほんの時折、変わらぬ負けずぎらいの思いが、ごくわずかに仕草に表れることがあります。

 幼き日に対戦した少年2人は、着実に成長を続けています。藤井七段のペースは規格外。中西三段は順調というところでしょう。

 中西三段が振り駒をして、「歩」が2枚、「と」が3枚出ました。先手は藤井七段です。

 立会人を務めるのは谷川浩司九段。王位通算6期を誇る、将棋界のレジェンドの一人です。王位リーグ入りのこれまでの最年少記録は谷川五段の17歳10か月でした。その記録を更新したのは、17歳6か月の藤井七段です。

「定刻になりました。第61期王位戦第1局。藤井七段の先手でお願いします」

 午前9時。谷川九段が対局開始の合図をして、両者一礼。注目の大一番が始まりました。

 藤井七段はいつもの通り、最初にグラスを口にし、冷たいお茶を飲みました。そしてグラスを置き、一呼吸を置いた後、飛車先の歩を手にして、一つ前に進めました。

 木村王位はしばし瞑目します。そして万感の思いをこめるかのように飛車先の歩を突き、少しの間、じっとその姿勢を保ちました。

 戦型は角換わり腰掛銀へと進みました。両者ともに得意の形です。

 本日1日目は昼食休憩をはさみ、18時の時点で手番の側が封じ手をして指し掛けとなります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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