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百折不撓の現役タイトルホルダー・木村一基王位(46)A級順位戦で無念の陥落決定

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月27日。静岡市・浮月楼においてA級順位戦最終9回戦一斉対局がおこなわれました。

 渡辺明三冠は三浦弘行九段に勝ち、A級全勝を達成しています。

 一方で残留争いは熾烈をきわめました。降級する成績下位2人のうち、1人は前節で久保利明九段に決定。残りもう1枠に入らぬよう、3勝5敗の佐藤天彦九段(前名人)、糸谷哲郎八段、木村一基九段が争うことになりました。そして3者ともに勝利。その結果、順位下位の木村九段の降級が決定しました。

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木村一基王位○-●広瀬章人八段

 木村王位は広瀬章人八段と対戦。広瀬八段は5勝3敗で既に残留を決めています。矢倉模様の立ち上がりから、現代らしく、互いに堅く組み合う定型からははずれた進行となりました。

 両者ともに飛車を5筋に回し、盤上中央、天王山でのぶつかり合いとなります。そこで飛車角交換からリードを奪ったのは、木村王位でした。広瀬八段は二枚飛車で木村陣に迫りますが、銀得の成果をあげた木村王位は自陣に角を打ちつけて堅さをキープします。

 最終盤、広瀬八段が飛車を切って迫ってきたのに対して、木村王位は広瀬玉の即詰みを読み切り、最後は飛車を捨てて鮮やかに寄せきりました。

 終局は22時31分。総手数は95手。勝った木村王位は4勝5敗、負けた広瀬八段は5勝4敗となりました。木村王位は残留を争う3人の中でいち早く勝利をあげたものの、順位が3人の中では最下位のため、いわゆる「キャンセル待ち」の状態です。佐藤天彦九段、糸谷八段のいずれかが敗れない限りは、A級陥落となります。

 同じ対局場であっても、対局室は分かれています。各対局者は、基本的には他局の結果はわからないまま戦うことになります。

 実は木村王位だけではなく、佐藤天彦九段、糸谷八段もまた、形勢は勝勢を築いていました。

佐藤天彦九段○-●稲葉陽八段

 佐藤天彦九段(3勝5敗)は稲葉陽八段(4勝4敗)と対戦。稲葉八段はすでに残留を決めています。

 戦型は佐藤九段先手で、相居飛車の力戦形となりました。佐藤九段が飛車先の歩を交換し、横歩を取ったのに対して、稲葉八段は手得で駒を進めて、バランスは取れています。

 角交換の後、稲葉八段は端から動きます。対して佐藤九段はその動きに応じる形で自陣角を打って反撃。このあたりの折衝で佐藤九段がポイントをあげたようです。

 局面は大きく動いて終盤戦。佐藤九段は飛車を取らせる間に、2枚角で稲葉玉を寄せにかかります。佐藤玉は2枚飛車で攻められるものの、しばらくは持ちこたえることができます。

 最後は稲葉玉は上下はさみうちの形に。稲葉八段も粘りましたが、佐藤九段が押し切りました。

 終局時刻は22時45分。総手数は99手。勝った佐藤天彦九段、敗れた稲葉八段ともに、4勝5敗。佐藤九段は残留を決めました。

糸谷哲郎八段○-●久保利明九段

 糸谷哲郎八段(3勝5敗)は久保利明九段(2勝6敗)と対戦。

 久保九段は前節、三浦九段を相手に粘りに粘り、最後に劇的な頓死をくらわせて勝利をあげました。残念ながら競争相手が勝ってしまったために、降級は決まってしまいました。最終9回戦で勝っても残留とはなりません。しかしそうしたところで手を抜くことなく、全力で戦うのが将棋界の美風です。

 後手の久保九段は四間飛車。糸谷八段が居飛車穴熊に組もうとしたのを見て、久保九段は上部から速攻を仕掛けます。

 どのような状況でも、気合よく早指しで進めるのが糸谷八段のスタイルです。久保九段の動きに応じた後に反撃し、午後の早い段階で優勢を築きました。

 ここは比較的早く、糸谷勝ちで終わるのではないか。そう思われたところから、久保九段は最善を尽くして追い込み、相手に楽をさせません。

 夕食休憩に入った段階では、既に局面は最終盤です。

 早指しの糸谷八段が時間を使って考え、時間の消費は久保九段に先行します。形勢はずっと糸谷八段がいいものの、一筋縄ではいかない。早見え早指しの糸谷八段の消費時間からは、そうした様子がうかがいとれます。

 最終盤。糸谷八段は明快な勝ち筋を逃したようです。中段、久保玉の上部に馬を引きつけた手は手順の寄せと見えましたが、久保九段の玉頭にじっと歩を打たれてみると、そう簡単には寄りません。

 勝っても負けても時間を残すことが多い糸谷八段。本局では時間をめいっぱいに使って考えます。そして次第に時間が切迫してきました。解説の鈴木大介九段は、怪しいムードになったことを強調します。

「糸谷さんは極限状態ですね。これは間違えます」

 厳密に調べれば、形勢は糸谷よしなのかもしれません。しかし流れはどうも逆転ムードです。久保玉の周囲には互いの駒が入り乱れて密集し、にわかにはどうなっているのかわからない状況です。

 そこで糸谷八段は踏みとどまりました。久保陣に迫る寄せ。自玉のしのぎ手順。正確な速度計算。それらをクリアして、手を進めます。久保九段は残り1分になるまで考えましたが、勝ちを見出すことはできませんでした。

 終局時刻は23時51分。総手数は119手。糸谷八段が勝って4勝5敗とし、A級残留を決めました。

 またこの瞬間に、木村王位の陥落が決まりました。

 2019年度の将棋界の一番のニュースは、木村王位が史上最年長の46歳でタイトルを初めて獲得したことかもしれません。

 その木村王位であっても、A級を維持することは難しかった。それだけA級のレベルは、とんでもなく高いということなのでしょう。

 なお最後に1局残った羽生善治九段-佐藤康光九段戦は、いつ果てるともしれない戦いが続いています。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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