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「将棋めし」の名店みろく庵、最後のお別れ

松本博文将棋ライター
みろく庵の檜垣ゑり子さん、善啓さん(記事中の写真撮影:筆者)

 2019年の将棋界もいろいろなことがあった。年末らしく、一年を振り返ってみようか・・・。そう思った時にまず浮かんだのは、みろく庵のことだった。

 将棋ファンや関係者にはなじみの深い、みろく庵の閉店が発表されたのは、2019年3月7日のことだった。

【参考記事】

さよなら、将棋界の聖地・みろく庵(2019年3月8日、松本博文)

 その時から3月31日の閉店に至るまでの「みろく庵フィーバー」・・・というのか、何というのか。みろく庵をめぐる報道の過熱ぶりは、自分が身近に接してきた世界とはどこか違う、パラレルワールドを眺めているような気がした。

 いやもう、それを言ってしまえば藤井聡太四段(現七段)が現れて以来の、信じられない連勝記録、「藤井フィーバー」のあれこれなどは全てそうだ。

 全てはどこか、現実ではない遠い世界を見せられている気もする。

 多くの人が最後の別れを惜しむように、みろく庵に押し寄せる。大変な混雑が伝えられた。閉店発表直後に取材に訪れてからは、3月31日に閉店されるまで、筆者はもう、みろく庵を訪れることはなかった。

 ところがそれから約1か月後の4月28日。思いもかけず、再びみろく庵を訪れることができた。第2回AbemaTVトーナメントのパブリックビューイングという、AbemaTVの企画だ。

 筆者はこのイベントに参加させてもらった。JR千駄ヶ谷駅で降り、代々木方面に向かって歩く。そして灯りがともっているみろく庵を見ただけで、なんだか泣けてきた。

 1日限定復活の聖地で、将棋ファンが集って熱く将棋番組を観戦。お土産にみろく庵の食器を持って帰ることができる。これを神イベントと言わずして何と言おうか。みろく庵さん、そしてAbemaTVさんには感謝しかない。

 イベントが終わった時にはもう、終電は詰んでいた(なくなっていた)。なのでとりあえず、代々木、新宿方面に向かって歩き、そこで始発を待つ店を探すことにした。

 するとまた、いろいろなことを思い出した。深夜、順位戦が終わった後、棋士や記録係の奨励会員、関係者たちとこうしてよく、連れ立って歩いた。始発の電車が動くまで飲みながら、いろいろなことを語った。

 さて、これでもう、みろく庵とは本当のお別れである。そう思っていたら、また神イベントがおこなわれた。6月2日、鳩森神社での食器市だ。これまでみろく庵で使われていた食器が頒布されるという。

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 筆者が訪れた時には、食器はもう、ほとんど完売だった。記念に何点か購入した。

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「もうこれで本当に最後です」

 女将さんがそう言った。今度は本当に、その言葉通りになってしまうのだろう。

 看板猫のテンちゃんは、近所の人に引き取られたと聞いた。変わっていく千駄ヶ谷の町は、テンちゃんの目には、どう映っているのだろうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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