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鈴木陽がWEリーグ初ゴール。異色のキャリアを歩んだストライカーが地元で踏み出した新たな一歩

松原渓スポーツジャーナリスト
鈴木陽(写真提供:WEリーグ)

【上位陣に食らいつく勝ち点3】

 WEリーグは、3月24日の第12節で折り返し地点を迎えた。序盤戦は接戦が多く、順位表も団子状態となっていたが、ウインターブレイク明けの6試合で、上位と下位の勝ち点差が一気に開いた。

 10試合を残して、上位4チームが優勝争いを牽引している。最少失点のINAC神戸(首位)と最多得点の浦和(2位)、“堅守柔攻”で台風の目になっている新潟(3位)、そして変革の過渡期にある東京NB(4位)だ。

 リーグ3強の一角として名を馳せてきた東京NBは、今季、松田岳夫監督の下、従来の流動的なパスサッカーに、縦への推進力やハードワークを強化。DF坂部幸菜、DF柏村菜那、DF池上聖七ら、下部組織メニーナ出身の若手選手を積極的に起用しつつ、ウインターブレイク明けの後半戦からは3バックを導入するなど「チームとしての新しい試み」(松田監督)を進めてきた。一方で、ボール支配率の高さが結果に結びつかないことも少なくない。皇后杯はベスト8敗退。昨年9月に植木理子が海外移籍した穴は大きく、決定力の課題は明白だった。

 だが、この冬に加入して3月の中断明けから出場している2人のフォワードが新たな風を吹かせている。なでしこリーグ得点王の神谷千菜(かみや・ちいな)と、得点ランク2位の鈴木陽(すずき・はるひ)だ。神谷はデビュー戦で2ゴールと最高のデビューを飾り、11節の大宮戦でも決勝ゴール。3ゴールとも得意のヘディングで決め、早くも結果を出している。

神谷千菜(写真提供:WEリーグ)
神谷千菜(写真提供:WEリーグ)

 一方、鈴木はこれまでゴールがなかったが、12節の広島戦で、チームを勝利に導く決勝弾を決めた。

 1-1で迎えた79分にピッチに立つと、持ち前のハードな守備でスイッチを入れ、流れを変えた。そして、88分にワンチャンスをものにする。岩﨑心南のクロスから土方麻椰がシュート。広島のGK木稲瑠那が弾いたこぼれ球に、頭から飛び込んでゴールネットを揺らした。

 板橋区出身の鈴木にとっては、地元でのプロ初ゴールが、値千金の決勝弾となった。ゴール裏からひときわ大きな歓声が上がり、今にも泣き出しそうな表情の鈴木は、ベンチで待つ岩清水梓と木村彩那のもとに飛び込んでいった。

「本当に点がとりたかったし、こぼれはいつも狙っていました。本能的な感じで、ボールに突っ込んでいきました。いわし(岩清水)さんや(木村)さなもずっと気にしてくれていたので、嬉しくて(ベンチに)走りました」

 泥臭いゴールを振り返る鈴木の声は弾んでいた。

自身の地元でもある西が丘でサポーターと共に勝利のダンス(写真提供:WEリーグ)
自身の地元でもある西が丘でサポーターと共に勝利のダンス(写真提供:WEリーグ)

【“異質”さが起こす化学変化】

 1999年生まれの24歳。さまざまなクラブを渡り歩いてきた鈴木の経歴はユニークだ。

 中学時代に浦和(現WEリーグ)のジュニアユースでプレーし、高校は開志学園JAPANサッカーカレッジに進学したが、「見ている人が楽しいサッカーがしたい」(鈴木)と、高校を辞めて16歳の時に単身でブラジルに渡った。当時、鈴木が好きなプレーヤーとしてあげていたのは元ブラジル代表の“怪物”ロナウドだった。

 170cm近いフィジカルを活かしたゴールへの嗅覚や、年上にも物おじしないスケールの大きさは、10代から目立っていた。

 その後は長野(現WEリーグ)を経て、セリエA入りを目指した時期も。U-20代表候補にも入っている。

 2021年になでしこリーグ1部のオルカ鴨川に加入し、左膝前十字靱帯を2度断裂する大ケガを乗り越えて昨年ブレイク。アグレッシブな守備でリーグ最少失点での優勝に貢献し、12ゴールを挙げて同リーグMVPを獲得した。

 そして今年、東京NBに加入を決断。加入の経緯について、「揉まれて成長したいという気持ちと、高いレベルでプレーしたいという気持ちがあって、チャンスだと思ったので、すべて吸収してやろうという気持ちで加入しました」と語っている。一方、生え抜きの選手が8割以上を占めるチームに馴染むまでの3カ月間は、試行錯誤の連続だったようだ。

「(周りの選手とは)本当に違うところだらけで、同じところを探す方が難しいぐらいです。自分の強みが裏目に出ることもあって、これまでシュートを打ってきた場面でもみんなは打たないので、最初は『打ちすぎ』と言われることもありました。でも、点を取りたいからシュートを打ち続けるしかない。最初はもどかしい気持ちもあったのですが、最近はフィットしてきて、みんなに動き出しを見てもらえるようになり、すり合わせられるようになってきました」(鈴木)

 パスと個人技で相手の守備を“崩し切る”スキルフルなサッカーを継承してきたチームに、ゴールへの“飢え”を隠さず、泥臭いプレーを厭わない生粋のストライカーが加わることで起きる化学変化を、松田監督は予想していた。

泥臭くボールを追うプレーも魅力だ(写真提供:WEリーグ)
泥臭くボールを追うプレーも魅力だ(写真提供:WEリーグ)

「東京NB(ベレーザ)の選手たちは、ゴールへの意識が薄い時も多くあります。そういう意味では、ベレーザやメニーナ育ちでない彼女は我々に持っていないものを持っていて、非常に個性のある選手だと感じています。それがいい形で我々のチームに融合できればもっと活躍できる機会ができるし、そういう素質を十分持っている選手だと感じています」(松田監督)

 その言葉通り、異質な特徴を持つ鈴木の存在がチームのプレーの幅を広げ、新たな攻撃パターンを生み出しつつある。重要な勝ち点3を積み上げた広島戦の決勝点が、チームメートの信頼につながるゴールになったことは間違いない。

 今後は、前線で3トップ(2トップ)を形成する藤野あおばとのコンビネーションも、チームをさらに上位に導く鍵となりそうだ。代表のレギュラーに定着した20歳のエースは、「こぼれ球に対して、あのポジションに入っているのはFWらしいなと思いました。いろんなアイデアを出しながら得点するために、自分もサポートやチャンスメイクをしたいし、得点もとっていきたいと思います」と、前線の連係を高めていくことを誓った。

藤野あおば(写真提供:WEリーグ)
藤野あおば(写真提供:WEリーグ)

 次節は3月30日に、ホームの味の素フィールド西が丘でマイナビ仙台レディースと対戦する。東京NBは、今季初のホーム連勝を飾ることができるだろうか。新天地で求められる一歩目を踏み出した鈴木のプレーにも引き続き、注目したい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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