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なでしこジャパンはなぜ攻めなかったのか?五輪2枠をかけた複雑なレギュレーションの背景

松原渓スポーツジャーナリスト
ベトナム戦に向けて中2日で調整を続けている

 日本は点を取りに行かず、ウズベキスタンはボールを奪いにこないーー。それは、目的のために両者が選択した苦肉の策だった。

 パリ五輪アジア2次予選を戦っているなでしこジャパンは10月29日、タシケントのブニョドコル・スタジアムでホスト国のウズベキスタン女子代表と対戦。2-0で勝利し、2連勝で最終予選進出に王手をかけた。

 池田太監督は11人中8人を国内組が占めたインド戦から、先発メンバーを9人変更。この試合は7人が海外組というメンバー構成で臨んだ。

 本田美登里監督率いるウズベキスタンは自陣で守りを固め、日本はハイプレスで立ち上がりから敵陣に押し込む。

 前半10分、左のコーナーキックで遠藤純のライナー性のボールに合わせた南萌華が高い打点からヘディングでゴールを決め、幸先よく先制。さらに、その5分後には遠藤のパスをペナルティエリア内で受けた千葉玲海菜が振り向きざまに左足を一閃、相手に当たってコースが変わり、ゴールネットを揺らした。

 だがそれ以降、日本はボールを保持し続けながら、1本のシュートも打たずに2-0で試合を終えている。それは、意図的な戦略だった。

【レギュレーションから見る勝ち上がりの条件】

 日本が「攻めない」ことを選択した背景には、2次予選の複雑なレギュレーションがある。

 今回の2次予選を勝ち抜き、最終予選に進出できるのは3グループの各組1位と、2位の上位1カ国。最終予選では、そのうちの1カ国とのホームアンドアウェーの一騎打ちでパリ五輪の出場権を争うことになる(勝った2チームがパリ五輪に出場できる)。

 最終予選の組み合わせは「2次予選で、グループ2位で進出する1カ国がどのグループから出るか」によって決まる。そして、グループCの日本にとっては“避けたい組み合わせ”があった。それが、グループAの1位チームとの対戦だ。

 池田太監督は、試合後にこう明かしている。

「最終予選でグループAの1位と当たることになると、2戦目がアウェーになり、その相手がオーストラリアだと、季節が逆転するため暑熱対策もしなければなりません。選手のコンディションを考えた時に、2戦目をホームで戦いたいということがありました」

 最終予選は、2月24日と28日にホームアンドアウェーで開催される。そして、グループAの1位と対戦する場合は1戦目がホーム、2戦目がアウェーとなり、中3日で移動と現地のコンディションへの適応が必要になる(それ以外の組み合わせの場合は1戦目がアウェー、2戦目がホーム)。日本は海外組も多くいる中で、コンディショニングに苦労するのは目に見える。

 また、今夏のワールドカップでホスト国として4位の成績を残したオーストラリアでは国を挙げて女子サッカーが盛り上がっており、日本にとっては第2戦が観衆も含めた“完全アウェー”になることは確実だ。

 そこから逆算して、グループAの1位と対戦しないための条件は、「グループBかグループCから2位で最終予選に進出するチームが出る」こと。2位チームの順位決定には得失点差も大きく関わってくるが、同じグループCの初戦でベトナムを1-0で下したウズベキスタンには勝ち上がれる可能性があった。

 そうした背景や、他グループの状況も考慮した上で、日本は「勝ち点3を確実にした上で、大量得点はしない」戦い方を選択したのだ。

 ウズベキスタンとしても、最終予選に進出すれば同国の女子サッカーの新たな歴史のページが開ける。そのために、現実的には日本に対して「大量失点しない」戦い方が最善策であり、日本が攻めてこないならリスクを負う必要はなかったのだ。

 ただ、試合の立ち上がりに決定的なチャンスを作ったように、チャレンジしなかったわけではない。

「力の差が歴然としていたので、攻撃したかったけどできなかったというのが正直なところです。あれだけきちんとボールを動かされて、パススピードも速かった。選手たちが日本というチームの強さを体験できたことは良かったと思います」

 本田監督は試合後、悔しそうな表情でそう語った。

【選手たちの葛藤】

 勝負としての見るべきポイントはなかった。だが、問題があったとすれば、その複雑なレギュレーションだろう。国際大会でも同じようなことはある。

 キャプテンの熊谷紗希は、銀メダルを獲得した2012年のロンドン五輪や、ワールドカップ出場を決めた2018年のアジアカップでも似たようなシチュエーションを経験している。その上で、今回のウズベキスタン戦でチームが背負った葛藤や覚悟を次のように代弁した。

「テレビ放送もあった中で、見てくださっている方々に見せられるような試合ではなかったことは自覚しているし、選手たちも難しい気持ちを抱えて戦っていたところは正直あります。(同じような状況を)経験してきた自分ですらフラストレーションの溜まる試合だっただけに、他の選手はもっと溜まっていると思う。

 ただ、試合前もロッカーでも、監督の言葉が自分たちの迷いをなくしてくれた部分はあります。パリ行き(五輪出場)を決めるために、こういう戦い方もあるんだと知る経験にもなったと思うし、本大会でもありうることなので、チームとして勉強にもなったと思います」

熊谷紗希
熊谷紗希写真:築田純/アフロスポーツ

 「選手たちは日本に勝つつもりでいる」(本田監督)と試合を楽しみにしていたウズベキスタンの選手たちの葛藤も小さくはなかったようだ。

 スタジアムに詰めかけた観客数は1935人(試合は観戦無料)。ホスト国としての意地もあっただろう。

「ウズベキスタンの国民性を考えれば、じっと耐える戦術は彼女たちにとって苦しかったと思いますが、前半が終わってすぐ、更衣室に入る前に選手を集めて事情(最終予選にいく条件)を話して、『だからこそ45分間、この状態をキープしよう』と。そうしたら選手たちからも声が上がって、納得してくれました。初めての経験を、彼女たちは前向きに捉えてくれたと思います」(本田監督)

【15分+75分から得た収穫】

 前半の15分間に決めた2ゴールは狙いとしていた形であり、特にセットプレーの取り組みがようやくゴールに結実したことは、今後に向けた好材料となる。

 また、2点目以降の75分間もただ漫然とパスを回していたわけではなかった。

「ボールを失わずに前に配給できたり、隙があれば間にボールを差していくプレーを多く出せたのは良かったです」(遠藤)

「サイドバックにボールが入った時に顔を出す動きは自分の課題なので、受けるタイミングや味方との関係性を学びました」(千葉)

「後半は一つポジションを飛ばしたパスや、パススピードを意識しながら、意図のあるボール回しができました」(南)

 取材に応じた選手たちは熊谷同様、「この経験をパリ行きに活かす」という強い思いを口にし、神妙な面持ちで会場を後にした。

 日本は、次戦のベトナム戦に引き分け以上で最終予選進出が決まる。今予選の対戦相手では最もランキングが高い(34位)相手に対し、力の差を示すことができるか。

 ベトナム戦は日本時間11月1日19時にキックオフ。NHK BS1で生中継される。

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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