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本田美登里監督率いるウズベキスタンの飛躍。「サッカー文化を育む」スペシャリストが同国にもたらしたもの

松原渓スポーツジャーナリスト
本田美登里監督

 なでしこジャパンは10月29日、パリ五輪アジア2次予選の第2戦でウズベキスタンと対戦する。ウズベキスタンを率いるのは、日本女子サッカーの黎明期を支えた代表選手で、日本の女性指導者として初のS級取得者でもある本田美登里監督だ。

 ウズベキスタンはFIFAランク50位(日本は8位)で、今回の2次予選は出場12カ国中9位(北朝鮮は現在はランク外)。だが、今年4月に行われた1次予選を3連勝で勝ち抜き、10月のアジア競技大会では4位に(日本は優勝)。今回の2次予選は初戦で格上のベトナム(同34位)を1-0で下し、グループCで現在、日本に次ぐ2位につけている。過去最高成績を更新しており、同国の女子サッカーにとって飛躍の年となっている。

【1年半で実ったウズベキスタン女子代表の強化】

「就任した際にリクエストされたのは、『オリンピックに出場したい』ということでした。最初はそれが6年後だと思ったんですけど、2年後だと聞いて少しびっくりしたんです」

 2次予選期間中に取材に応じた本田監督は、明るく笑いながら、就任当初をそう振り返った。

 ウズベキスタンの競技人口は450人で、日本の100分の1以下。だが、就任から2年弱で、アジアの中堅国に肩を並べるまでになった。

 本田監督は、女子サッカーで30年以上の指導者歴を持つ。

 日本サッカー協会でLリーグ(当時)の運営や強化などに携わった後、岡山湯郷Belle(現なでしこリーグ2部)の初代監督に就任。1部昇格を果たし、人口3万人に満たなかった岡山県美作市で女子サッカーを人気スポーツにした。その後、2013年にAC長野パルセイロ・レディース(現WEリーグ)の監督に就任すると、3年で1部に昇格。観客数を飛躍的に伸ばすなど手腕を発揮した。その後、静岡SSUボニータ(現なでしこリーグ1部)で2シーズン指揮を執り、昨年1月から日本サッカー協会(JFA)の公認海外派遣指導者として、堤喬也 GKコーチとともにウズベキスタンで挑戦を続けている。

 2人の招聘とともに、同国の女子サッカーを取り巻く環境は少しずつ変化し、2024年にはAFC U-20女子アジアカップ(U-20ワールドカップ予選)のホスト国になることが決まっている。

「当初、(ウズベキスタンサッカー協会の)優先順位は、男子があってU-23があって、一番最後に女子が来ているという状態でした。その中で、女子は手つかずだったので。選手たちと1年半積み上げてきて、一つ上のランクには行けたのかなと思います」

ウズベキスタン女子代表
ウズベキスタン女子代表写真:ロイター/アフロ

 1年半の短期間で、ここまで力をつけてきた要因は何なのか。本田監督の答えはシンプルだ。

「意図を持ってボールを蹴りましょう、と言い続けました。パスを走っている人の足元に出す。スペースに蹴ってもいいけど、それには意図を必ず持たせること。1年半やってきたことが実って、今はみんながイマジネーションを持ってプレーし始めています」

 中央アジアに位置するウズベキスタンは、シルクロードの中継地として栄えた国だ。さまざまな民族の混血が進み、ロシア系、アジア系やトルコ系などさまざまなルーツを持った人がいる。長身の女性も多く、女子代表には170cm超の長身選手が複数いる。中でも、守護神のGKマフツナ・ジョニムクロワは、チーム最長身の178cmだ。

「長身のキーパーは重たくて飛べない場合もあるのですが、彼女はしなやかに飛べるんです。そういう(身体能力の高い)選手がちらほらいるので、女子サッカーに力を入れてくれるようになれば、何年か後にはワールドカップに出場するチームになると思います」

 そう話す本田監督の仕事はピッチ内にとどまらず、代表チームのスケジュール管理や遠征計画を立てるなど、事務仕事も率先して引き受けてきた。

 アジア競技大会後には、「選手が持っているフィジカルを最大限に活かしたい」と、幅広い人脈を活かしてフィジカルコーチ兼アスレティックトレーナーを招聘。川崎フロンターレや名古屋グランパスで風間八宏氏を支えた川崎英正氏と西井玲子氏が現在、チームに帯同している。その効果はてきめんで、約2週間の短期間で筋肉の使い方やボディバランスなどが目に見えて変化しているという。

 ウズベキスタンの女子リーグは10チームで運営されており、選手たちは学生以外は基本的にプロとして活動している。ただし、女性は早婚率が高く、結婚後にサッカーを続けることへのハードルもあるようだ。代表チームが結果を残すことで、そうした見方も少しずつ変わっていくのではないかと、本田監督は見ている。

【日本はウズベキスタン戦をどう戦う?】

「(ウズベキスタンの)選手たちはものすごくポジティブです。それは国民性でもありますね。(今年4月の)国際親善試合ではアメリカに勝つつもりで臨んで、9点を取られて撃沈してしまいました。日本にも勝つつもりでいますからね(笑)」

 そう話す本田監督は、チームの強みと弱さを客観的に見つめ、格上ばかりの2次予選を突破するための現実的な道筋を描いているようだった。

ウズベキスタンでの挑戦と日本戦への意気込みを語った本田監督
ウズベキスタンでの挑戦と日本戦への意気込みを語った本田監督

 最終予選に進出できるのは、3グループの各1位と、2位の上位1カ国の計4カ国。同グループの日本に敗れても、2位で突破できる可能性はある。そのためには、日本戦で大量失点しないことも重要だ。

「(日本戦は)現実を思い知らされるかもしれませんが、その中で今まで自分たちが2年間積み上げてきたものを出す意地があるかどうか。狙いとする形は作ってきているので、それを1回でも2回でも出せたらいいなと思います」

 一方、なでしこジャパンの選手たちにとっても、対戦相手の監督が日本人であることで手の内を読みにくい部分はあるようだ。試合を翌日に控え、宮澤ひなたはその難しさと、対応策についてこう話した。

「(ピッチでかわす選手同士の)言葉(日本語)が相手に通じてしまう難しさはありますね。本田監督が日本で指導してきた選手もいるので、情報を持っているからこそ、自分たちが思っているようなプレーをしてこないかもしれない。明日は試合の中で相手を見て、常に一番いい選択肢を考えながらプレーしたいと思います」

宮澤ひなた
宮澤ひなた写真:築田純/アフロスポーツ

 日本に対して、ウズベキスタンはどんな戦いを仕掛けてくるのか。そして、日本はそれをどう受け止めるのか。状況に応じた対応力がポイントになりそうだ。

 日本対ウズベキスタンは日本時間29日(日)21時にキックオフ。NHK BS1のサブチャンネルで生中継される。

*表記のない写真は筆者撮影 

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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