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初タイトルを支え、異彩を放った21歳のダイナモ。WEリーグ広島、MF柳瀬楓菜がニューヒロイン候補に

松原渓スポーツジャーナリスト
柳瀬楓菜(写真提供:WEリーグ)

【走り抜いた120分間】

 21歳のボランチが、WEリーグのニューヒロイン候補に名乗りを上げた。

 10月14日、等々力陸上競技場で行われたWEリーグカップ決勝。アルビレックス新潟レディースとの激闘の末にクラブ初タイトルを掲げたサンフレッチェ広島レジーナのMF柳瀬楓菜が異彩を放った。

 光ったのは、圧倒的なデュエルの強さだ。身長は153cmと小柄だが重心低く、凄まじいプレッシングで相手からボールを奪い取る。運動量も多く、中盤の幅広いスペースをカバーしながら、攻撃にも積極的に絡んでいく。

 39分、高い位置で味方とプレッシャーをかけてボールを奪い切り、自らドリブルで持ち上がってラストパス。63分、左サイドで相手のスローインを奪ってショートカウンターに繋げ、こぼれを拾ったMF中嶋淑乃が左サイドを突破。クロスからFW高橋美夕紀の決定機につなげた。67分には、中盤の1対1で巧みな反転から再び中嶋の突破を創出。

 中盤で厳しいチェックを受ける場面も多く見受けられたが、粘り強くボールをキープし、簡単には倒れない。後半、キャプテンのDF近賀ゆかりが交代する際には副キャプテンの柳瀬がキャプテンマークを引き継ぎ、最後まで中盤の潰し役として存在感を放った。

 試合は延長戦を含めた120分間を戦い、両チームとも決定機を作りながらゴールは許さず、スコアレスドローでPK戦に突入。柳瀬は3番手のキッカーを務めた。どちらも2人ずつが決めている、プレッシャーのかかる場面だった。

 柳瀬は右上隅の際どいコースに強烈なシュートを叩き込み、胸を撫で下ろすような表情を見せている。この場面について、柳瀬は試合後にこう明かした。

「最初は左に蹴ろうとしていたのですが、蹴る瞬間にGKが動いたのが見えて、『止められる』と思って右に蹴りました。サッカーの神様が味方してくれました」

笑顔が弾けた。写真中央が柳瀬(写真提供:WEリーグ)
笑顔が弾けた。写真中央が柳瀬(写真提供:WEリーグ)

【最年少のプロ挑戦から2年間の急成長】

 女子サッカーの名門・藤枝順心高校では、2019年、20年と全日本高校女子サッカー選手権で全国二連覇を達成。3年時にはキャプテンとして多くの部員をまとめるなど、柳瀬は同世代では抜きん出た存在だった。

 そして、2021年にWEリーグの発足とともに創設された広島に、高卒で加入。当時、チーム最年少でプロの世界に挑戦した。年上の経験豊富な選手たちの中でも、気持ちが表面に出たプレーは印象的で、ピッチでは常に挑むような強い目をしていた。

 中村伸監督は、「チームの中で一番年下で若い選手でしたけど、芯のぶれない、熱い思いを持った選手だった」と当時を振り返っている。

 1年目から主力として多くの試合に先発したが、昨季の序盤戦は、ケガもあってほとんどピッチに立てなかった。だが、後半戦では試合ごとに存在感を増し、ボランチを組むMF小川愛とともに、チームの中盤に欠かせない存在となった。中村監督は、その成長をどんなふうに後押ししてきたのか。

中村伸監督(写真提供:WEリーグ)
中村伸監督(写真提供:WEリーグ)

「球際の部分や、ピッチの中で何をしなければいけないかをしっかり表現できる選手だったので、自由に自分のやれることややりたいことをやっていいんだよ、と伝えながら背中を押してきました。それがどのゲームでもできるようになってきたので、今年は『ピッチの中で女王様になれ。一番目立つ存在になっていこう』と話をしています。本人がそれをどう受け止めているかわかりませんが、昨年までとは違う一面を見せてくれていますし、しっかり受け止めてトライし続けてくれていると思います」

 派手なプレーは少なく、あらゆるところに顔を出し、味方をサポートする汗かき役になることが多い。だが、大事な場面では必ず背番号23がいることを、この決勝戦でも印象付けた。

 初タイトルにかける思いの強さは、ひとつひとつのプレーや表情からも伝わってきた。

 優勝が決まった瞬間は飛び上がってチームメートと歓喜の輪を作ったが、その後は涙が溢れて止まらなくなった。同時に、それまで動かし続けていた足も動かなくなるほど力を出し尽くしていた。近賀と熱い抱擁を交わし、キャプテンマークを返す。表彰台で夜空にカップを掲げた瞬間、再び無邪気な笑顔が弾けた。

キャプテン・近賀ゆかりの隣(写真下段、左から4番目)で笑顔が弾けた(写真提供:WEリーグ)
キャプテン・近賀ゆかりの隣(写真下段、左から4番目)で笑顔が弾けた(写真提供:WEリーグ)

「苦しいシーズンも過ごしてきた中で、初のタイトルがかかった決勝だったので人一倍想いは強かったですし、このチームのために、あとは近(賀)さんと福(元美穂)さんのために、という思いが強かったので、タイトルをとれて良かったです」

 取材エリアで多数の記者を前に、柳瀬は堂々とした言葉で淀みなく語った。そして、11月から始まるリーグ戦に向けて聞かれると、目と言葉に力を込めた。

「カップ戦で負けなしという結果は自分たちの自信になります。でも、自分たちはまだまだ成長過程なので、リーグ戦でも優勝を目指していきたい。(個人としては)もっと得点に絡みたいという思いがありますし、もっとチームを助けられるような存在になりたいと思います」

 2シーズンで急成長を遂げてきた若きボランチは、今季、どんな飛躍を遂げるのか。勝利への熱い思いを全身から放ち、スタジアムを沸かせるプレーは必見だ。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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