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EL埼玉・浅野菜摘が過ごすチャレンジの1年。8年目の守護神が目指す「引き出しの多いGK」

松原渓スポーツジャーナリスト
浅野菜摘(写真提供:ちふれASエルフェン埼玉)

【レジェンドたちの背中を見て】

 一つのクラブで長くプレーする選手がいる。

 下部組織からの生え抜き、あるいは高校や大学を卒業してから、そのチーム一筋でプレーしてきた選手だ。いい時だけでなく、試合に出られない時期や、降格などの困難な局面も我慢強くチームを支え、年月と共にチームを象徴する存在になるーー。

 ちふれASエルフェン埼玉の守護神であるGK浅野菜摘も、そんなスピリットを持った選手の一人だ。

 JFAアカデミー福島を卒業後に2015年にEL埼玉に加入し、今年で8年目の26歳。精度の高い左足のキックとビルドアップの巧さが武器で、175cmの長身やフィジカル能力の高さも魅力のゴールキーパーだ。

 10代前半から年代別代表候補として活躍し、2014年のU-17ワールドカップ(優勝)と2016年のU-20ワールドカップ(3位)を経験。EL埼玉では、3年目(2017年)以降、コンスタントにゴールを守ってきた。

 2011年のワールドカップ優勝を支えた山郷のぞみ元GKコーチ(現EL埼玉強化育成担当)の下でGKの真髄を学び、19年と20年には、同じくワールドカップ優勝メンバーのGK福元美穂(現広島)とポジション争いを繰り広げた。10代から20代前半の伸び盛りの時期に代表のレジェンドたちからさまざまなことを吸収し、その大きな壁を越えようと試行錯誤する中で心身ともに成長してきた。

在籍はチーム最長の8年目。最後尾からチームを支えてきた(写真提供:ちふれASエルフェン埼玉)
在籍はチーム最長の8年目。最後尾からチームを支えてきた(写真提供:ちふれASエルフェン埼玉)

 2018年からの3シーズン、EL埼玉はポゼッションスタイルを貫き、ビルドアップでは浅野の強みが全面に出て、代表候補(2019年なでしこチャレンジ)入りも果たした。現在のWEリーグのGKの中でも、ポゼッションサッカーにおける浅野の技術や戦術理解度は、5本の指に入るのではないだろうか。

 だが、結果という面では苦労してきた。

 EL埼玉は昨季、なでしこリーグ2部からカテゴリーを2つ上げて、猛者揃いのプロリーグに飛び込んだ。浅野は17試合に出場したが、結果は2勝6分9敗で27失点と、最下位に沈んだチームと共に厳しい現実を突きつけられている。

 浅野自身はどんな時も冷静沈着で、感情的になることは滅多にない。穏やかな性格で周囲の意見を素直に聞くことができ、「人とぶつかることもあまりない」という。負けて落ち込むことがあっても、現実の課題から目を背けずにコツコツと向き合えるところは、GKの資質だろう。

【8年目の挑戦】

 プロリーグ2年目の今季、浅野は田邊友恵監督の下で新たなチャレンジに挑んでいる。

「田邊さんが監督になるまでの何年かは、自分たちがボールを持って自陣からつなぐことが多かったのですが、田邊監督は推進力を大事にしていて、今年のチームの色として“縦に速く攻める”ということがあります。『ボールを奪ったらまず相手の背後を狙う』という基本に立ち返って、ディフェンスラインを早く上げることや、自分たちの背後のスペースをケアすることは特に意識しています。縦に速いことで選手の特長が出やすい面もあるので、そこをさらに突き詰めていけたらもっと勢いのある、怖い攻撃ができると思うんです」

 “縦に速い”攻撃の中では、浅野の正確なロングフィードが一つの武器になる。だが、最大の持ち味でもあるビルドアップの関わりは多くない。浅野はチームスタイルの変化に合わせて、柔軟にプレーを選択している。

 また、今季は3バックと4バックを併用しており、システムが変われば守り方やコーチングの内容も大きく変わる。そうした変化への対応力も、一つのチャレンジだ。

左足の鋭いフィードで攻撃の起点にもなる(写真提供:ちふれASエルフェン埼玉)
左足の鋭いフィードで攻撃の起点にもなる(写真提供:ちふれASエルフェン埼玉)

「奪いにいく守備」や、相手によって3バックと4バックを使い分ける戦い方は、なでしこジャパンの戦い方とも共通点がある。浅野はMF長谷川唯(マンチェスター・シティ)やDF南萌華(ASローマ)ら、年代別代表で共に戦った選手たちの活躍に刺激を受けながら、代表の試合もチェックしているという。

「なでしこジャパンの試合を見てから改めて自分たちのゲームを見ると、もっと最終ラインのコントロールをメリハリつけてできたら、攻めやすくなるだろうな、と。そこは自分がしっかりコントロールしていこう、と勉強になりました」

 今年1月の皇后杯では、2019年以来のベスト4に輝いた。この2度の皇后杯ベスト4が、クラブの歴史で最も輝かしい成績だ。いずれの大会も、ゴールを守っていたのは浅野だった。タイトルには手が届かなかったものの、異なるスタイルで一定の結果を残したことは、GKとして成長の証と言える。

 ゴール前での佇まいも、以前とは明らかに違って見える。相手を威嚇するようなオーラを放ち、仲間に活を入れる頼もしい姿も見られるようになった。それは、プロ2年目で勝利への飢餓感が増したこともあるだろう。

「最初のプレーでうまくキャッチできたり、自分の感覚で止めることができると『今日は調子が良さそうだな』という感覚を持てるんです」

 4月22日のノジマステラ神奈川相模原戦に向けたトレーニングの後、浅野はリラックスした表情でそう語っていた。

 試合は、1点をリードした後半に押し込まれ、際どいシュートを何本も打たれた。だが、浅野はロングボールやクロスに対して、持ち前の跳躍力や予測を生かしたセービングでゴールを死守。1-0で勝利して今季4度目のクリーンシートを達成し、チームは順位争いの中で上位も視界に捉えた。

 それでも浅野の自己評価は厳しく、試合後は課題を並べた。

「中を締めてサイドを狙っていこう、と共通意識を持って入ったので、その狙い通り自由にやらせなかったことは良かったです。でも、押し込まれた時間が長い中で、起点の作り方や、奪った後の運び方などはまだまだ課題があるなと感じました。サイドを起点にされてクロスを入れられる場面が多かったので、時間帯によっての守備も修正しなければいけないと思います」

【引き出しの多いGKに】

 激動の8シーズン目も終盤に差し掛かった今、浅野はキャリアの中でどのような時期を過ごしていると感じているのだろうか。そのような質問を投げかけると、浅野は少し考えてから、いつもの穏やかな口調でこう続けた。

「今は、チームが勝つために『いかに味方を動かしてゴールを守るか』を考えて、GKとしての幅や守備範囲を広げている時期です。試合を見た人から『(ビルドアップが得意なのに)つながないの?』と不思議がられることもありますが、そこは割り切っていて。自分のプレーの引き出しを増やすために、毎日、いろいろなことを積み重ねています」

プレーの幅を広げ、GKとして更なる高みを目指す(写真提供:ちふれASエルフェン埼玉)
プレーの幅を広げ、GKとして更なる高みを目指す(写真提供:ちふれASエルフェン埼玉)

 GKは、一つしかないポジションを巡って日々、努力を重ねている。失点の責任を誰よりも重く受け止めながら、気持ちを切り替え、最後尾からチームを鼓舞する。精神的な重圧も大きく、経験がものをいうポジションだ。その特殊なポジションの宿命を背負いながら、浅野は試合に出続けることで一段ずつ、成長の階段を登ってきた。

 コツコツと積み上げていった先に待っているのは、どんな景色なのだろう。EL埼玉のチームスピリットを体現する選手として、これからのキャリアも含めて楽しみな存在である。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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