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「三笘薫選手のプレーを見ています」。広島のドリブラーMF中嶋淑乃が値千金の今季2点目!

松原渓スポーツジャーナリスト
中嶋淑乃(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【初勝利】

 WEリーグのサンフレッチェ広島レジーナが、新たな壁を破った。

 12月4日に行われた第5節で、2位の日テレ・東京ヴェルディベレーザ(東京NB)に1-0。今季、開幕から1勝1分2敗と苦戦を強いられてきたが、浮上のきっかけを掴んだ。

 決勝弾が生まれたのは63分。GK木稲瑠那(このみ・るな)のキックをFW上野真実がヘディングで後ろに流し、MF中嶋淑乃(なかしま・よしの)がスピードに乗ったドリブルからゴールネットを揺らした。

「冷静にキーパーの動きを見て、落ち着いてコースを狙って蹴ることができました。今日は絶対に点を取って勝ちたいと思っていたので、ゴールを決めることができて良かったです。みんながその一点を守り切ってくれたおかげで勝てました。感謝しています」

 値千金のゴールを決めた中嶋は、控え目な口調に喜びを滲ませた。

 ベレーザとの対戦成績は、これまで0勝3敗。プレシーズンマッチでは先制したものの、後半に5失点と崩れた。この試合もラスト30分はベレーザの猛攻に耐える展開だったが、木稲がスーパーセーブを連発し、守備陣も奮闘。チーム創設2年目で、ベレーザから初勝利を挙げた。

 思い返せば、昨季ぶっちぎりの強さで優勝したI神戸に初黒星をつけたのも、中嶋のゴールだった。20試合で3ゴールを決めたが、今季は5試合で2ゴールと好調だ。堅守を誇るチームとの対戦で決めることが多い。そして今のところ、中嶋が得点した試合はチームも全勝している。

写真:森田直樹/アフロスポーツ

 広島を率いる中村伸監督は、「細い体のどこにあんな力があるのかな、というほどの運動量や力強さを今日も示してくれた」と、立役者を労った。

 1999年生まれの23歳。色白でほっそりとした佇まいからは、相手を身構えさせる威圧感はない。だが、中嶋がボールを持つと確実に、スタジアムの空気が変わる。足に吸い付くようなボールタッチでライン際を滑るように加速し、スムーズな方向転換で相手を置き去りにする。その動きから、中嶋の武器は「ヌメヌメドリブル」とも言われるようになった。

【新たな成長のステップへ】

 中嶋は東海大学付属熊本星翔高校を卒業後、2018年にオルカ鴨川FC(現なでしこリーグ1部)に加入。3年目に2部で得点王(18試合11ゴール)に輝き、2021年、広島のチーム創設メンバーに名を連ねた。

「感覚的にプレーすることが多く、筋トレはあまりしないです」という。そのプレースタイルは、意識的に身につけたというよりは、幼少期から育んできた資質や能力の結晶と言えそうだ。

 しなやかな身のこなしからは、小学校3年生まで習っていたという新体操の影響が見てとれる。体の柔軟性は筋肉と関節の柔らかさで決まり、関節の柔軟性を左右する神経系の成長は10歳までがピークと言われるからだ。滑らかなボールタッチは、サッカーを始めた小3からの「ゴールデンエイジ」(9歳から12歳位までの、運動神経が成長する時期)の取り組みに原点がありそうだ。

 スルスルと相手を抜くためには、状況を見て判断を変える力も必要だ。

「相手の足が出てくるタイミングが、感覚でわかるんですよ」

 なぜ感覚でわかるのか。ヒントは、中嶋が参考にしているプレーヤーにあった。

「W杯では、同じ左サイドの三笘薫選手のプレーをよく見ていました。三笘選手がボールを持つと何かしてくれそうだなというワクワク感があります。ドリブルを真似したいなと思って、いつも試合を見ています。練習では、チームメートによく1対1の相手をしてもらっています」

 三笘選手は相手に研究されても、それを上回る努力を重ね、W杯で世界の強豪国に脅威を与えた。そのプレーを何度も見て、実践することで、間合いの調整力やプレーの引き出しを増やしてきたのかもしれない。

ドリブルで広島のサポーターを沸かせてきた
ドリブルで広島のサポーターを沸かせてきた

 中嶋は今年7月になでしこジャパンに初招集され、チャイニーズ・タイペイ戦でデビューを果たした。当時「試合前はめちゃくちゃ緊張しました」と話していたが、持ち味のドリブルを果敢に披露。代表の主軸で、国内リーグでマッチアップすることが多かったDF清水梨紗(現ウェストハム)は、その試合後にこう語っていた。

「シノ(中嶋の愛称)は、WEリーグで戦った選手の中でも他にいないタイプで、仕掛け方や、抜き去るタイミングはすごくいいものを持っていると思います。同じサイドになったらそれを引き出したいし、自分のこともうまく使ってもらえそうな感じがするので、長い時間、一緒にプレーしてみたいなと思う選手の一人でした」

 今季は、コンスタントに点を取れるようになることが望ましい。中嶋が掲げる目標は、守備の貢献度を上げること、昨季の3ゴール以上を決めることだ。

 そのポテンシャルの高さを知る人々は、ベレーザ戦のゴールが一つの転機になる可能性を感じていた。

 中村監督は、「得点につながる(フィニッシュワークの)ところをもっと極めていこうと話をして取り組んできました。その中で結果につながったのは自信になると思うし、もっとアグレッシブに点を取りにいきたいですね」と、得点力アップへの期待を口にする。

 MF近賀ゆかりは、オルカ鴨川時代から成長を見続けてきた先輩だ。中嶋と同じ年齢の頃に代表のサイドバックに定着した。

「あのドリブルはうち(広島)の武器ですが、これまでは強豪相手にその良さが出せていないと感じることもありました。ベレーザから点を取ったことは自信になったと思うし、これからもっと成長していってくれると思うので、シノをより良い状態で活かしていけるようにしたいですね」

「選手が特徴を引き出し合い、躍動するサッカー」を掲げ、ゼロから積み上げてきた広島。今季は攻守の強度を高めながら、ハイプレスやビルドアップのバリエーションを増やすことにもトライしている。挑戦には試練がつきものだが、同じメンバーで歓喜も悔しさも味わってきたチームは、着実に階段を上っている。

ここから波に乗れるか
ここから波に乗れるか写真:森田直樹/アフロスポーツ

「積み上げてきたことが実ったこの勝利は、このチームにとって分厚い土台になると思うし、大きなステップになると思います」(近賀)

 上位と下位の実力差が拮抗しているのは、WEリーグの面白さである。ここから勢いに乗るのはどのチームだろうか。

 来年は女子のW杯イヤーだ。森保ジャパンが起こした日本サッカーへの期待を、女子サッカー界でも着実に広げていってほしい。

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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