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強豪相手に「1本のパスで得点チャンスを作る」。DF乗松瑠華が貫いた代表への思いと、新たな挑戦

松原渓スポーツジャーナリスト
乗松瑠華(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【1年後のW杯へ、生き残りをかけて】

 欧州遠征中のなでしこジャパンが、イングランド(11日)、スペイン(15日)との国際親善試合に臨む。FIFAランク11位の日本に対し、現欧州王者のイングランドは4位。スペインは1年後のW杯でも同組に入っており、同6位。W杯を1年後に控えた今、欧州の強豪国との対戦は、世界での現在地を確かめる絶好の機会となる。選ばれたメンバーは国内組12名、海外組11名。

 国内組はWEリーグの上位4チーム(浦和、仙台、神戸、東京NB)からの選出が大半を占めるが、7位(暫定)の大宮アルディージャVENTUSからもただ一人、DF乗松瑠華がメンバーに名を連ねている。

 ポジションはセンターバック。気持ちが熱く、粘り強い対人守備が持ち味で、攻撃の起点となる正確なフィードも魅力だ。普段は柔和で人懐っこい笑顔を見せるが、ピッチに立てば相手を威圧するようなオーラを放つ。個の強さとチームへの影響力に加え、代表ではサイドバックでもプレーして成長の伸びしろを示し、池田太監督体制下で1年間、コンスタントにメンバー入りしてきた。

 大宮は3節の埼玉戦で、ホーム開幕戦勝利を飾った。乗松は前半31分に鋭い縦パスを差し込み、FW大熊良奈の決勝弾の起点になった。

 35分に放ったミドルシュートは、スタンドを沸かせた。ゴールまで30m近い距離から放たれた強烈な弾道は、鋭い弧を描いて枠を捉えた。WEリーグ初ゴールとはならなかったが、試合後の乗松の表情は晴れ晴れとしていた。

「去年よりもチームがビルドアップできるようになってきて、ゴールは常に狙っています。練習のゲームでゴールに絡むことが多く、その感覚が良かったんです。ミドルシュートは、ボールを運び出した瞬間に(ゴールが)見えたので、思い切って足を振りました」

 乗松は昨季、7シーズンプレーした浦和から発足1年目の大宮に移籍。創設メンバーに加わり、初年度はチームで唯一の全試合フル出場を果たした。

 結果は11チーム9位。産みの苦しみを味わったが、2年目の今季は、特に守備面でチームの積み上げが実を結び始めている。

 この試合も埼玉に攻め込まれる時間が長かったが、4バックの的確なラインコントロールでカウンターを防ぎ、最後は体を張って1点を守り抜いた。

攻撃の起点となるパスも特徴だ
攻撃の起点となるパスも特徴だ写真:森田直樹/アフロスポーツ

 乗松の左腕にはキャプテンマークが巻かれている。昨季キャプテンを務めたDF有吉佐織から引き継いだ。その有吉やDF鮫島彩ら、代表でワールドクラスを相手にしてきた経験豊富な選手たちと共に過ごす日々も、乗松に確固たる自信を与えているようだ。大宮の岡本武行監督は、その成長ぶりに目を細める。

「ボールを動かすためには、センターバックのボール出しが非常に重要です。その点で余裕が出てきて、いい判断が増えてきています。 チームを鼓舞したり、体を張ったプレーも期待しています」

 乗松は、18歳でなでしこジャパンに初招集された早熟のキャリアを持つ。ただ、20代前半はケガと向き合う時間も長かった。そこからじっくりと時間をかけて完全復活を遂げ、26歳になった今、再び力強い成長曲線を描いている。様々な壁を乗り越えた経験に裏打ちされた心のゆとりが、プレーにも反映されているようだ。

 以前よりもプレーから余裕が感じられるようになった印象を伝えると、乗松は「まさに、そうなんですよ」と声を弾ませた。

「代表に(再び)絡めるようになって、まだまだできるな、と感じたんです。それは今シーズン、自分がピッチで見せたいところです」

 責任を与えられ、期待やプレッシャーの中で気持ちを奮い立たせる。乗松にとって、代表のユニフォームに袖を通す喜びはやはり格別なのだろう。個を確立した選手たちのハイレベルな競争の中で伸びしろを見つけられることも、成長の糧となっている。

【7年半ぶりの代表復帰への道】

  乗松はいわゆる女子サッカーのエリートコースを歩んできたが、苦労人でもある。

 JFAアカデミー福島で育った中学から高校時代にかけて、年代別代表の常連になり、2014年に浦和に加入。同年のAFCアジアカップ(優勝)でなでしこジャパンに初招集された。

 当時の日本はFIFAランク3位。「勝者の雰囲気というのは、勝ち続けて出てくるものだと思った」と振り返ったように、その強さを近くで見てきた一方で、代表定着への壁は高かった。

 その後は、前述したようにケガで長くピッチを離れることとなった。2016年末のU-20女子W杯で、もともと痛めていた右膝を負傷してしまい、復帰までに1年半の歳月を要したのだ。

 復帰後の浦和は発展期を迎えて主力の固定化も進んでおり、乗松は本職のセンターバックではなく、サイドやボランチで終盤の出場がメインに。その後、2020年にはリーグ優勝に関わり、サッカーの楽しさも口にしていたが、さらなる成長を期して大宮でのチャレンジを決断した。

 90分間プレーできない状態が2年以上続いていたが、「代表復帰する夢を何度も見ていた」というように、目標がブレることはなかったようだ。そのための努力も惜しまなかった。

「うまくいかないからこそ、同じことをやり続けて成長していく喜びを日々感じていましたし、代表に戻るために誰よりも自分と向き合ってきた自信があります。サッカー選手としてというよりは、『人生を豊かにするために今を楽しくやろう』という感じで捉えていました」(昨年10月)

 移籍後、大宮でフル出場できるようになると、試合勘を取り戻し、着々と存在感を増していった。代表を意識して海外選手との対人プレーを想定したトレーニングを重ね、ケアも入念に。そして昨年11月、約8年ぶりに代表に招集された。代表合宿中、喜びを噛みしめるような表情で取材に応じていた姿が忘れられない。

「8年前は最年少で参加していて、先輩について行くのに精一杯でしたが、時間が経って見え方も変わってきて、今はピッチ外でも『チームのために」というところを含めて考えています」(今年1月)

代表への思いを貫き、再びピッチに戻ってきた
代表への思いを貫き、再びピッチに戻ってきた写真:ロイター/アフロ

【強豪国への挑戦状】

 1月のアジアカップで与えられたポジションは、左サイドバック。普段プレーし慣れていないポジションだけに持ち味を出すのに苦労したが、半年間でサイドバックのイメージトレーニングを強化。ステップワークや1対1にも磨きをかけた。

 そして、7月のE-1選手権・韓国戦では念願のセンターバックでフル出場し、2-1の勝利に貢献。チャイニーズ・タイペイ戦(○4-1)でも同ポジションで途中出場し、優勝に貢献した。

 直近の10月に長野で行われたニュージーランド戦では、初めてトライした3バックで途中出場しており、今回のスペイン遠征でもアピールのチャンスが巡ってくるかもしれない。A代表では初となる強豪国との対戦に向けて、乗松はイメージを膨らませる。

「自分の中で、プレーの余裕が自信に変わってきているので、相手が守備ではめにきても、個人でかわしたり、一本のパスでチャンスを作ることにトライしたいです」

 なでしこジャパンの守備陣は、所属チームでキャプテンマークを巻いてきた選手が多い。乗松もその一人。豊かな表情の裏には本質を見逃さない鋭い観察眼があり、守備の要としての経験値は、試合に出ていない時の振る舞いにも表れる。

 強豪との2連戦で、乗松がどんなアピールを見せてくれるのか楽しみにしている。

自身の成長を強豪国にぶつける
自身の成長を強豪国にぶつける写真:YUTAKA/アフロスポーツ

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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