Yahoo!ニュース

サンフレッチェ広島レジーナが刻んだ新たな一歩。スポーツ王国で「ゼロからのチームづくり」の苦悩と喜び

松原渓スポーツジャーナリスト
サンフレッチェ広島レジーナ

【好スタートからの連敗】

 ゼロから価値を創り出す。それは大変な道のりだが、魅力的な挑戦でもある。

 サンフレッチェ広島レジーナは、Jリーグのサンフレッチェ広島の女子チームとして昨年、創設された。活動をスタートして1年2カ月。WEリーグ開幕初年度に参加した11チームの中で、まったくのゼロから立ち上げられた唯一のチームだ。

 とはいえ、30年の歴史を持ち、「日本一の育成型クラブ」とも言われるサンフレッチェ広島が作ったチームだけに、指導者やノウハウには恵まれている。レジーナを率いる中村伸監督は、男子トップチームのJ1優勝をコーチとして支えたこともある。

 選手も粒揃いだ。1対1に強いセンターバック、テクニックに長けたゲームメーカー、U-20W杯得点王。高速ドリブラー、超高校級ボランチ…と、多様な個性がピッチに華を咲かせる。年齢層は幅広く、世代別も含めれば日本代表経験者は27名中19名に上る。

 豊富な経験で若いチームを支えるのは、2011年W杯優勝メンバーでもあるMF近賀ゆかりとGK福元美穂。百戦錬磨のスキルに加え、人望も厚い2人だ。

 レジーナが目指してきたのは、「選手が特徴を引き出し合い、躍動できるサッカー」(中村監督)。テンポよくボールをつなぎ、スピードあふれるサイドアタックが武器だ。

 始動3カ月目で迎えたプレシーズンマッチの成績は2勝1分1敗。開幕戦は3-0(vs埼玉)と、最高のスタートを切った。すでに積み上げがある他チームに引けを取らない組織力に、期待は高まった。

 ところがーー。その後は苦戦が続き、10月の浦和戦(○2-1)を最後に、勝利から見放されてしまった。2カ月間のウインターブレイクを挟んで3月に再開したリーグ後半戦は、上位チーム相手に4連敗。

 シュートがポストやバーに嫌われる不運もあったが、ゴール前やつなぎの部分でミスが増え、得点も4試合でゼロと低迷。内容自体は悪くないのだが、再浮上のきっかけを長く掴めずにいた。

後期は苦戦が続いていた
後期は苦戦が続いていた写真:YUTAKA/アフロスポーツ

【監督と主将は連敗をどう受け止めたか?】

 練習場に訪れたのは、真夏のような日差しが照りつける4月上旬だった。

 チームは連敗中だったが、グラウンドに重い空気はなく、練習に没頭する選手たちの表情からはサッカーを楽しむ純粋な喜びが伝わってきた。

――ゼロからのチームづくりには、どのような難しさと喜びがあったのでしょうか?

 中村監督は記憶をたぐり寄せ、柔らかい表情で語った。

「女子選手と仕事を一緒にするのが初めてだったので、初めはすべてが手探りの状況でした。ただ、こちらのイメージに対して、想定していた以上に選手たちが理解を示してくれて、前向きに取り組み、やれることを少しずつ増やしてくれています。プロリーグである以上、結果は一番に求めていますが、ここまで点が取れないとか、勝てなくて苦しむことは想定外でした。ただ、経験の浅い選手が多いからこそ一つひとつのプレーに丁寧に向き合って話し合う場面が多く、(結果に)繋がらないからこそ見えてきたこともある。彼女たちがサッカーの楽しさや深さをさらに知って表現していくために、決して無駄ではない過程だと感じます」

――攻守の歯車が噛み合わない時期が続いていた要因はどこにあったのでしょうか。

 その問いには小さく頷き、こう続けた。

「自分たちの戦い方のベースを持った上で『こういうことにトライしてみよう』と伝えると、(ベースの戦い方を忘れて)完全にそっちに矢印が向いてしまうことがあります。やれることが増えてきたら迷う段階があるのは当たり前で、悪いことではないと思っています。ただ、試合では迷ったり躊躇したとしても、絶対に外してはいけない(基本的な)ことがあるので、そこはしっかり伝えるようにしています。実際、試合ではやれることを増やしてくれているし、視野を広げてくれる選手も増えてきました」

 試合中、中村監督がテクニカルエリアからピッチに向けて指示を送る目つきは厳しい。「最近、眉間に皺(しわ)が寄っていることが増えたな」と、言われることもあるという。だが、練習では監督自身が心から楽しんでいるように見えた。

「点が取れないことに関しては責任も感じるし、もっとやれることはないかな?と日々考えています。ただ、練習では選手とスタッフがブレずにいい雰囲気を作って前向きにトレーニングしてくれる。スタートする前は、『(女子選手の指導は)難しい部分もある』と聞いていましたが、正直、毎日が楽しいんですよ。だからこそ結果に繋げてあげたいし、どれだけ自信を持たせてやれるかだと思っています」

 豊富な指導経験に支えられた言葉は含蓄に富んでいた。

中村伸監督
中村伸監督

 一方、初代主将としてチームを統率する近賀ゆかりは、監督とは異なる苦悩を抱えていた。

「クラブや監督が目指しているサッカーをしっかり示してくれるのでイメージしやすいですし、土台を作って同じ方向に向かう点ではいいものが作れていると思います。ただ、結果がなかなか…。勝負強さとか、個々の勝負に対する(気持ちの)バラつきを感じることもあります。これまで、(自分が)日本では勝つことが当たり前のような雰囲気でプレーしてきたので、今は土台を作りながら結果にもこだわらなければいけない難しさを感じているし、それ(を乗り越えること)が、自分がここにきた意味だな、と感じています」

 近賀はイングランドやオーストラリア、中国などの海外リーグでもプレーしたことがあるが、国内ではベレーザやINAC神戸など、常勝チームで多くの時間を過ごしてきた。

 負けることに「慣れていない」のだ。積み上げるペースは選手それぞれに違うことを頭では理解しつつも、その葛藤は深かった。

「ここまで連敗した経験がないから、ここからどうやって抜け出すんだろう?と考えるのも初めてで……。こんな経験をしたくはなかったですが、『これもいい経験だった』と言えるようにしたいです。多分、このチームにとっては勝っても負けても、1試合から学ぶすべてのことが蓄積されていくんだろうな、という実感があるんです。若い選手やトップリーグでプレー経験のない選手もいますが、みんなでいいところを出し合っていいものを作り上げていきたい。弱みは消していく必要がありますけど、強みを最大限に出せるチームの方がお客さんも見ていて楽しいと思いますから。結果が出ていないと小さくまとまりがちなので、思い切りの良さがなくならないように声をかけています」

近賀ゆかり(右は中嶋淑乃)
近賀ゆかり(右は中嶋淑乃)

【新たな目標へ】

 光が見えたのは、4月16日のWEリーグ第16節。

 レジーナは、ノジマステラ神奈川相模原戦に2-0で勝った。リーグ戦では、中断期間を挟んで6カ月ぶりの勝利だった。

 幼少期の記憶が歳を重ねても色褪せないように、歴史が始まったばかりのレジーナにとっては、一つの勝利がクラブのアイデンティティを築く礎となる。だからこそ、勝ち点「3」がもたらす喜びや価値はひときわ大きくなるのだろう。

 終了の笛が鳴った瞬間、中村監督は静かに両拳でガッツポーズを作った。ピッチでは選手たちの笑顔が弾け、ベンチにも歓喜の輪が広がった。広島から駆けつけたサポーターの前で、至福のひとときが訪れた。

8節ぶりの勝利を挙げた
8節ぶりの勝利を挙げた

 ゴールを死守したのは、チーム最年長のGK福元。守護神の通る声は、観客の入ったスタジアムでも一番遠くまで届いた。

 殊勲の2ゴールを挙げたのは、FW上野真実だ。10試合ぶりのゴールを決めたエースは、ヒロインインタビューで「ゴールを取ることにこだわってきたので本当に嬉しいです」と、大きな瞳を輝かせた。

 中盤では、ダブルボランチを組むMF小川愛とMF柳瀬楓菜が攻守にわたり、強度の高いプレーで勝利に貢献。広い視野でゲームをコントロールできる近賀とは異なる強みを持つ2人のルーキーの活躍は、「いいところを出し合って強みを最大化する」レジーナらしさを体現しているように見えた。試合後、近賀は2人とハイタッチを交わし、会心の笑みを見せた。

 リーグ戦全20試合中14試合を終えて、11チーム中9位。WEリーグは1年目の今季、降格がない。レジーナはトライアンドエラーを繰り返しながら、着実に地歩を固めている。

 次に見据えるのは、広島広域公園第一球技場での初勝利だ。今季はホームで3敗3分と、まだ勝利がない。

 広島は、スポーツ観戦率(年に1度以上スポーツを観戦した人の割合)で全国ナンバー1(2021年度調べ)のスポーツ王国だ。プロ野球の広島東洋カープとJリーグのサンフレッチェ広島が人気だが、ほかにもバレーボール、ハンドボール、ホッケーなど、さまざまなスポーツチームがある。

 スポーツへの関心が高いからこそ、メディアで取り上げられやすい反面、興味が分散しやすく、継続してスタジアムに足を運んでもらうためには結果も重要。何より、勝つことが地元ファンやサポーターへの最大の恩返しになる。

「このようなゲームを続けて、ホームで皆さんと一緒に喜び、共感してもらえる部分を増やしていきたいです」(中村監督)

「(創設)1年目の結果として、期待が高まるような試合を残りの試合で見せていきたいと思います」(近賀)

 強く、魅力的なチームへ。試練を一つ乗り越え、クラブの歴史を上書きしたレジーナは、新たな目標に向けてスタートを切った。

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

松原渓の最近の記事