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4年半のスペイン挑戦を経て、後藤三知がINAC神戸レオネッサへ。「WEリーグで力を尽くしたい」の真意

松原渓スポーツジャーナリスト
INACに加入した後藤三知(写真提供:INAC神戸レオネッサ)

【WEリーグへの熱意】

 WEリーグ開幕を3カ月後に控えた6月中旬、舞い込んできたリリースに目を見張った。スペイン女子サッカーリーグで4年半プレーしていたMF後藤三知が、日本女子プロサッカー「WEリーグ」のINAC神戸レオネッサに加入――。日本人選手の海外挑戦のニュースが続いていたが、海外で長くプレーした選手が、国内リーグに復帰するのは久しぶりだ。

 後藤は、浦和レッズレディースで2009年から16年までプレーし、2度のリーグ優勝を経験。13年から4シーズン浦和の主将を務め、2014年にはリーグMVPに輝いたアタッカーで、日本代表歴もある。

2014年 国際女子サッカークラブ選手権
2014年 国際女子サッカークラブ選手権写真:アフロスポーツ

 17年にスペインに渡ってから、レアルソシエダ、SDエイバル、コルドバCF、アラマCFエルポソと、1部と1部B(2部にあたる)の4クラブを渡り歩いた。

 INAC神戸はこれまで、年代別代表で活躍した選手や、実力派高卒ルーキー、他クラブのエース級選手など、国内の精鋭を中心に積極的な補強をしてきたが、WEリーグがスタートする今季、日本と海外でコツコツと実績を重ねてきた経験豊富な後藤にオファーを出していた。クラブの意図が単なる戦力強化にとどまらないことは予想できた。加入の決め手について、後藤はこう語っている。

「コロナ禍の大変な中、日本でプロリーグが実現するという話は聞いていました。帰国した一番の理由は、『WEリーグで力を尽くしたい』という気持ちになったからです」

 後藤の熱意は、ピッチ内の貢献だけでなく、その先にある代表、日本女子サッカーの未来にも向けられていた。そう思うようになった背景には、スペインが世界の女子サッカーシーンで頭角を表していった“過程”を、約4年半、見続けてきたことが大きい。

 スペインには「外国人枠」がなく、バルセロナやアトレティコ・マドリードなどのビッグクラブをはじめ、全国に散らばる中堅クラブにも、世界中から選手が集まっている。現在、日本人選手も11人がスペインでプレーしている。

 2020/21シーズンの女子チャンピオンズリーグ(女子CL)で、パリ・サンジェルマンやチェルシーなど、並みいる強豪を倒して頂点に立ったのは、1部の強豪・バルセロナだった。女子CLは、07年以降、ドイツ勢とフランス勢(19/20シーズンまで、DF熊谷紗希が所属していたオリンピック・リヨンが5連覇)の独占状態だった。だが、スペイン勢としてバルセロナが初めてタイトルを獲得。チェルシーとの決勝では4-0と圧勝し、UEFA最優秀選手賞の女子部門は、監督、選手を含めた6つの賞を同クラブが総なめにした。それは、スペインの女子リーグが、ドイツやフランス、イギリスといった他の強豪リーグに負けじと、国際競争力を高めてきた成果でもある。後藤は、その中でスペインの選手たちが辿ってきた苦労を知っている。

「スペインでは、女子サッカーの社会的な地位や、最低賃金が上がるように選手たち自身が動いて、本格的なリーグのプロ化を実現していこうという動きがありました。バルセロナのように、トップレベルの代表選手が所属しているチームはお金もしっかりもらえていたと思いますが、中には、ケガをした時に生活が保証されなくなるようなクラブもありました。私自身、コルドバでプレーしていた時には、給料が未払いになることも経験しました。そういう環境を変えようと、代表選手などが中心になって、クラブやサッカー協会に訴え、ストライキを起こし、社会的にも女子サッカーの環境が認知されました。もちろん、訴えるだけでなく、W杯(*)や女子チャンピオンズリーグ優勝などで目に見える成績も残しています。その中で、私自身、毎年のようにスペインの女子サッカーに携わる指導者や関係者が変わり、海外からいい選手がスペインに来て、リーグのレベルが上がっていく流れを肌で感じていました。そういう環境の中で、『日本がまた世界一になって、世界のトップレベルであり続けるために、自分はどうしたら貢献できるのか』を、自分が考えていることに気づいたんです」

(*)2019年のW杯で、スペイン女子代表はベスト16で敗退したが、女王アメリカをギリギリまで追い詰めるなど、その実力は高く評価された。

 日本の女子サッカーの未来について改めて考えるようになった時に、INAC神戸からのオファーが舞い込み、後藤の背中を押した。その一方で、決断するまでには時間も必要だったという。

「今年で31歳になりました。このタイミングで帰国したらまた海外に出るのは簡単ではなく、スペインで続ける可能性も最後まで残していました。それで、シーズン中は、INACの関係者と何度も連絡を取り合いながら、クラブのビジョンを聞いたり、自分の考えを伝えました。INACは、他のクラブよりも早くプロの環境を作り、クラブとして女子サッカーのプロ化を進めてきた経緯があります。2011年に、日本が女子W杯で優勝した時にINACから多くの選手を送り出しましたが、その時と同じように、クラブがWEリーグでの勝利の先に、『代表が世界で勝っていくために何が必要か』を見据えていることを知り、INACでプレーしたい気持ちが強くなりました。最終的には、チャンピオンズリーグでバルセロナが優勝した試合を見て、帰国を決断しました」

 後藤は、日本でプレーしていた20代前半から、自分の考えをしっかりと論理立てて話すことのできる選手だった。2014年頃に、ある取材の中で後藤が読書好きだと知り、どんな本を読んでいるのか聞いたところ、その時に読んでいたのは哲学書だった。

 昨年1月に、コルドバを訪れて、チームメートだった千葉望愛(ちば・みのり)と後藤に話を聞いた。後藤は北部のエイバルからコルドバに移ってまだ半年も経っていなかったが、スペイン南部の文化や生活にすっかり馴染んでいた。気さくで、細やかな気遣いがあって、よく笑った。

 練習場の水が止まってシャワーが使えなくなったり、部屋の天井に穴が空いたことなど、スペインに来て遭遇したとんでもないハプニングを明かし、「小さなことにも感謝を感じるようになりました」と言っていた。話題はサッカーの話から、プロリーグやセカンドキャリアについて展開し、日本とスペインの教育にまで及んだが、後藤はどの話題もメリハリをつけてわかりやすく話してくれた。そのコミュニケーション力や洞察力も、海外で長く活躍する秘訣なのだと思った。

 後藤がくぐり抜けてきた様々な事柄は、INAC神戸の選手たちにも刺激を与えるだろう。産声をあげたWEリーグにとっても、その経験が力になる時が来るのではないだろうか。

【サッカー観の変化とプレーの進化】

 スペインでの4年半は、後藤のプレーを進化させた。スペインでは、男女ともに、サッカーのスタイルに共通性があり、試合中の判断の拠りどころとなるポジショニングの考え方などが、育成年代からしっかりと落とし込まれていると聞く。スペインにいた4年半の間に7人の監督の下でプレーした後藤は、そうした戦術面のスタンダードを頭と体に染み込ませた。

「スペインでは、ピッチ上で少し先の展開を予測しながらプレーすることを大切にしていて、流れを止めるようなプレーの選択をすると、はっきりと(良くないと)指摘されます。たとえば、最後にプレーしていたアラマCFというチームは、スペイン語で『サリーダ・デ・バロン』(*)、日本でいうビルドアップにこだわりを持っていて、相手をしっかりと分析した上で自分たちの立ち位置によって、常に先手を取ることを求められました。そのために、自分たちの攻撃のベースをしっかりと作って、『相手がこうきたらこうする』ということを、練習で細かく落とし込んでいましたし、ピッチ上で起きている現象を感じ取る力が求められていたので、そういう部分の感覚は鍛えられたと思います」

(*)直訳は「ボールの出口」。

 プレーエリアも、以前に比べて広がった。浦和時代は左サイドやワントップ、2トップの一角を主戦場としていたが、スペインでは右サイドハーフやトップ下でも起用された。YouTubeで試合を見た際、仕掛けて相手を一枚剥がすプレーや、守備面での貢献度の高さも光っていた。

「スペインでは、ボックス内で点を取ることに特化したタイプのFWを置いたり、前線は速さや強さなどの個性を引き出し合う組み合わせが重視されていて、トップ下では、FWやサイドの選手に点を取らせるためにパスの質を高めたり、プレーの工夫を重ねました。コルドバにいた時は、当時の監督から、右サイドの千葉選手との『縦のコンビネーションをチームの武器として生かしたい』と言われていたので、右サイドハーフとして、右サイドバックとの連係からゴールに繋げるプレーなど、周りとのコンビネーションを生かすプレーの幅が広がったと感じています」

 INAC神戸の前線には、FW高瀬愛実、FW田中美南、FW京川舞、FW浜野まいかといった、得点力のあるストライカーが揃う。後藤の登録はMFとなっているが、中盤から前ならどこでもプレーできるため、流動的なポジションチェンジにも対応できるだろう。ポジション争いは熾烈だが、万能型アタッカーとして、その時々で必要なラストピースを埋める存在になりそうだ。

(写真提供:INAC神戸レオネッサ)
(写真提供:INAC神戸レオネッサ)

 現在は、足のリハビリでチームの練習には参加しておらず、開幕戦はピッチに立てない可能性が高い。だが、回復は順調で、デビュー戦もそう遠くはなさそうだ。今のINAC神戸の印象を聞くと、「若くてこれからが楽しみな選手もいますし、どのポジションで、どの選手が出ても活躍できそうな選手が揃っています」と、共にプレーすることを楽しみにしていた。

【リーグ優勝の先に見据えるもの】

 I NAC神戸への加入時に、クラブから公式に発表された後藤のコメントには、「WEリーグの優勝とその先の目標を見据えて、一日一日を積み重ねていきたいと思います(一部抜粋)」とあった。「リーグ優勝の先の目標」は、後藤自身のキャリアにまつわる目標だと思っていたが、そうではなかった。

「見据えているのは、日本が世界のトップレベルであり続けられるような未来を目指すWEリーグに、貢献していくことです。大切なのは、長く続くプロリーグにしていくことで、そのための正解があるわけではないですが、チャレンジして新しいことを発見したり、いろいろな人と関わりながら試行錯誤して作り上げていくこと自体が価値のあることで、選手として関われることを嬉しく思います」

 今季から、多くの選手の肩書きが「女子プロサッカー選手」に変わる。昨年、コルドバで「プロ」の定義を尋ねた際、後藤は「日々、力を出し切ること」と言っていた。その考えを改めて聞くと、「その思いは今も変わりませんが」と前置きして、こう続けた。

「プロは、『選ばれる』人なのではないかと思うようになりました。クラブに選ばれて、その上で監督から選ばれないと試合には出られないし、ファンやサポーターの方々が『このチームを応援したい』と選んでくれて、時間やお金を使いたいと思える存在になれるかどうかが大切だと思います。私は『時間は命そのものともいえる』と聞いたことがあります。そのくらい大切な時間や労力を、私たちは日々ピッチでのパフォーマンス発揮のために注ぎ、そして選ばれる存在であれるか。そういう心構えもプロとして必要なのではないかと思うようになりました」

 取材はオンラインだったが、画面越しでも身振りを交えて熱い口調で語る後藤の言葉は力強く、WEリーグの明るい未来を想像させた。

 INAC神戸の12日の開幕戦は、ホームのノエビアスタジアム神戸に、大宮アルディージャVENTUSを迎える。WEリーグに新規チームとして参入した大宮は、プレシーズンマッチでは最多の2,856人の観客数を記録。昨年までINAC神戸でプレーしたDF鮫島彩、MF仲田歩夢、GKスタンボー華が所属しており、初戦から熱い火花が散りそうだ。試合は、全5試合の中で最も早い午前10時にキックオフを迎えるため、注目度の高い一戦となる。

 いよいよ開幕するWEリーグ。ファッションデザイナーのコシノヒロコさんがデザインしたことで話題を呼んだ、斬新なINAC神戸の新ユニフォームに後藤が袖を通し、ピッチに立つ瞬間が楽しみだ。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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