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ニッパツ横浜FCシーガルズが今季初勝利。オシムチルドレン・要田勇一監督の理想と中盤を支えるダイナモ

松原渓スポーツジャーナリスト
今季初勝利を挙げたニッパツ横浜FCシーガルズ

【流れを引き寄せた交代選手】

 初夏を思わせるような日差しの下、4月18日にAGFフィールド(東京都調布市)で行われたなでしこリーグ1部第4節。

 連敗を食い止めたいスフィーダ世田谷FCと、今季未勝利のニッパツ横浜FCシーガルズの一戦は、両チームの気迫と勝利への執念がぶつかり合う90分間となった。

 試合が動いたのは後半だ。56分にスフィーダがDF奈良美沙季の直接フリーキックで先制したが、その直後、ニッパツの要田勇一監督は昨季なでしこリーグ2部で得点ランク2位のFW高橋美夕紀(「高」ははしごだか:以下同)、サイドバックにDF高村ちさとを投入。すると、にわかに流れが変わった。

 72分、中盤でボールを奪うと、後半からピッチに立ったMF内田美鈴がゴール前に入れたライナー性のパスが相手に当たり、素早くボールを回収した高橋が右足を鋭く振り抜いた。交代で入った2人のプレーで同点に追いつく。試合は再び振り出しに戻り、何としても勝利が欲しい両者の球際のバトルはさらに熱を帯びた。そして、ドローで終わるかと思われた終了間際、ニッパツは途中出場の高村のクロスにFW平川杏奈が飛び込んでゴールネットを揺らし、劇的な逆転勝利を飾った。

球際の激しい攻防が見られた
球際の激しい攻防が見られた

 ニッパツは昨季、なでしこリーグ2部で10チーム中4位の成績だった。今季はWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)発足に伴ってリーグが再編成されたため、ニッパツは1部に入った。そして、新監督に、ヴィッセル神戸の普及コーチや横浜FCのジュニアユースで監督を務めてきた要田監督が迎えられた。

 昨季からメンバーの三分の一近くが入れ替わっており、新しいチーム作りは往々にして産みの苦しみを伴うものだ。そうした中、この試合では交代で入った選手たちがゴールを引き寄せた。

「FWの2人を同時に出すよりは、(先発の)平川と高橋を時間差で入れる方が相手は嫌だろうな、と思っていました。途中から入った選手たちが躍動してくれたのは狙い通りで、うまくはまりましたね。ここ2試合は自分たちがやろうとしていることができるようになってきていましたが、先制しながら、(終盤に)追いつかれて引き分けていたので、選手たちも悔しさを募らせていました。この試合に向けて、『自分たちがやることをしっかりやった上で勝ちに行こう』と伝えてきましたが、メンバー外の選手やスタッフも含めて、勝利に向けて一つになれたと思います」

「強いチームはサブ(控え選手)が強い」というのは、サッカーにおける普遍的な真理だ。それは、要田監督のマネジメントにおいても重要なポイントとなっている。

「サブやメンバー外の選手が腐ってしまうと、チームは強くなれないので、いつも全体を見るようにしています。その点に関しては僕だけでなく、周りのスタッフもよくアプローチしてくれているので、助けてもらいながらやっています」

要田勇一監督
要田勇一監督

 要田監督は現役時代、地域リーグからJ1、そしてパラグアイ2部など、国内外の様々なカテゴリーを渡り歩いた。そして、2004年から06年までジェフユナイテッド市原・千葉でプレーし、イビチャ・オシム監督の薫陶を受けた「オシムチルドレン」の一人である。当時、千葉が観客を魅了した「ボールと人が走るサッカー」は、指導者になった今も、要田監督の中に理想として息づいているという。

「ボールがよく動けば人も走って受けなければならないし、そうすれば相手もマークにつきにくくなる。千葉時代のサッカーは自分もやっていてすごく楽しかったし、見ている人も楽しいだろうな、と感じていました。それを、指導者としても形にしたいと思ってきました。練習メニューもそうですし、オシム監督からはいろんなことを学ばせていただきました」

 横浜FCのジュニアユースでは、J1のトップチームが実践する「つなぐサッカー」を6年間指導してきた。その経験を生かし、ニッパツでも攻守で主導権を握るスタイルを目指している。開幕から2分1敗と、最初から描いていたイメージ通りにはいかなかったが、ボールを持つ時間は試合ごとに増え、「ボールも走るようになってきました」と、手応えを感じている。

 選手の顔ぶれを見ると、サイドのキーマンで代表経験のあるMF小原由梨愛や中盤を支えるMF小須田璃菜、生え抜きで9年目のDF宮下七海や4年目のDF高村ちさとら、各ポジションには経験のある選手がいる。また、今季はWEリーグのINAC神戸レオネッサからDF吉田凪沙が加わった他、高校や大学を卒業したルーキー、下部組織の横須賀シーガルズJOYの二重登録選手3名を含む11名が新たに加わった。

 要田監督はFW出身で、ゴール前への入り方やボールの受け方などは、自身の経験から伝えることもあるという。守備面は、DF出身で、昨年終盤から監督を務めていた八田康介ヘッドコーチも頼りになる存在だ。

小原由梨愛
小原由梨愛

 なでしこリーグは今季から、アマチュアのトップリーグとして位置づけられているが、クラブは将来、上位カテゴリーに当たるWEリーグ入りも視野に、まずはなでしこリーグ1部での優勝を目指す。

【攻守を支えるダイナモ】

 中盤の底で攻守を支える小須田璃菜は、ニッパツの心臓だ。的確なポジショニングで相手の攻撃の芽を摘み、奪った瞬間に攻撃のスイッチを入れる。周囲をサポートするために、ボールがないところでも走り回り、テンポ良くパスを配る。そのプレーは、かつて千葉と日本代表を率いたオシム監督が、献身的にプレーするボランチの選手を指した「水を運ぶ選手」と重なる。

「終盤で追いつかれる展開の試合が続いていたので、『どうしても勝ちたい!』という思いで臨んだ一戦でした。試合では先に失点してしまいましたが、焦ることなく自分たちのサッカーをできたと思いますし、課題だった追加点が取れたことと、逆転勝ちできたことは自信につながりました」

 小須田はホッとした表情で、初勝利の感想を述べた。

 互いにロングボールを多用していたため、頭の上をボールが飛び交う場面も多かったが、守備面では、「相手のFWに入った時に味方のセンターバックがプレスに行ってくれるので、(自分が)プレスバックしてボールを奪うことを常に狙っていました」と、狙いどころを絞って相手の強みを消した。一方、攻撃面では、「サイドでボールを受けやすくするために、自分がボールを受けてクッションを入れる場面をもっと増やしたかったですね」と、反省点も挙げた。

小須田璃菜(右/左は吉田凪沙)
小須田璃菜(右/左は吉田凪沙)

 目を引いたのは、俊敏な動きで相手に鋭く寄せてボールを奪うプレーだ。小須田は156cmと小柄だが、コンタクトを受けてもバランスを崩すことなく、体幹の強さを感じさせた。1点ビハインドで迎えた61分、ゴール前で173cmの長身FW、スフィーダの堀江美月にフリーでボールが渡った決定的なピンチの場面では、相手がトラップする瞬間に背後からスルリと体を入れてブロック。また、70分過ぎには右サイドでボール奪取を何度も成功させ、同点ゴールへの伏線を作った。

 1対1の場面などで機先を制するための瞬発的な動きは、普段のトレーニングから意識的に鍛えているという。加えて、相手の体勢や視線から次のプレーを予測したり、相手をスペースに誘い込むような駆け引きも仕掛ける。

 在籍4年目の今季、要田監督からはキャプテンマークを託された。同氏が最初に小須田のプレーを見た時に抱いた印象は、「言葉数が多いわけではないけれど、戦える選手」だったと話す。小須田自身、性格的にチームを引っ張ったり、前に出るタイプではなかったが、覚悟を持って引き受けた。

「最初の頃はやっぱり緊張感がありましたが、試合を重ねるにつれて自分らしいプレーができてきているので……落ち着きは取り戻せていると思います」

 小須田はそう言うと、少し表情を和らげた。

 海外サッカーの試合をよく見ており、「ボール奪取のスペシャリスト」と言われるチェルシーFCのMFエンゴロ・カンテは特に注目して見ているという。また、憧れの選手には、アルビレックス新潟レディースで以前チームメートだったFW山崎円美(今季から大宮アルディージャVENTUS)の名前を挙げている。山崎はハードワークとフォアザチームを体現する選手であり、ポジションこそ違えど、2人のプレーには共通点がある。数年後に再び、同じピッチで対戦する日が来るかもしれない。

 この勝利で、ニッパツは5位に浮上した。次に対戦するのは、セレッソ大阪堺レディースだ。C大阪堺は、昨季1部で4位になった強豪である。小須田は、「技術があって、走力もあるチーム。自分たちはそれを上回るハードワークをしなければいけないと思います」と気を引き締め、要田監督は、「ボールをしっかり繋いでくる印象です。似たスタイルの相手に対して、ボールを持つ時間をより多くしていきたいと思います」と、自分たちのスタイルで真っ向勝負を挑むことを明かした。

 ニッパツは、連勝して上位との差を縮めることができるか。「ボールと人が走る」魅力的なサッカーを追求しながら、結果にもこだわってさらなる高みを目指す。

 第5節、C大阪堺戦は4月25日、J-GREEN堺S1メインフィールドで13時から行われる(23日の緊急事態宣言発出により、試合の中止と延期が決定されており、代替日は決定次第発表されることとなった)。

高橋(背番号9)が同点弾を決めた
高橋(背番号9)が同点弾を決めた

勝ち越しゴールを決めた平川杏奈
勝ち越しゴールを決めた平川杏奈

(左から)中山さつき(スフィーダ)、小須田璃菜、宮下七海
(左から)中山さつき(スフィーダ)、小須田璃菜、宮下七海

※写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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