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日本女子プロサッカー「WEリーグ」で降雪地域から秋春制への挑戦。アルビレックス新潟レディースが始動

松原渓スポーツジャーナリスト
昨年の皇后杯はベスト4に進出した(写真:keimatsubara)

 

【進化した2020シーズン】

 新潟県をホームタウンとするアルビレックス新潟レディースが、今年秋にスタートするWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)に向けて、活動をスタートさせた。今季初練習は2月8日、雪が舞う中で行われた。

 なでしこリーグに加盟していたこれまでは3月から11月までの春秋制だったが、WEリーグは9月開幕、5月閉幕の秋春制。新潟にとって、寒さと積雪は難敵となる。だが、男子高校サッカーの強豪・青森山田高校(青森県)が、大雪のハンデを乗り越えて5度の全国一に輝いたように、新潟もまた、厳しい環境で鍛えられてきた強みがある。

「試合に向き合う姿勢や、『雪が降る環境でもできるんだ』というメンタリティなど、いろいろなものが積み重なって、勝利という結果を掴めたと思います」

 昨季までチームを率いていた奥山達之監督は、4大会ぶりの準決勝進出を決めた昨年12月の皇后杯で、INAC神戸レオネッサ戦の試合後、力強くそう語っていた。

 昨季は攻守のキーポジションに新戦力を補強し、攻守のマイナーチェンジを図った。前線には決定力のあるFW児野楓香、ドリブル突破に長けたMF滝川結女、170cmの長身FW長沢菜月らが加わり、中盤には技術の高いMF園田悠奈、最終ラインには対人プレーや空中戦に強いDF三浦紗津紀を補強。 

 主力の一部が移籍や引退などでチームを離れ、連係の再構築にある程度時間がかかると思われたが、新戦力がフィットするのに時間はかからなかった。それは、新潟一筋で16年目のMF上尾野辺めぐみや、2002年のチーム創設時のメンバーで、新潟で14年目のシーズンを迎えるMF川村優理ら、軸となる選手の存在が大きいだろう。

 結果は、前年から順位を一つ上げて10チーム中5位でリーグ戦をフィニッシュ。順位が近いチームとの対戦で勝ち点の取りこぼしが目立ったが、得失点差は4年ぶりにプラスに転じた。特筆すべきは失点の少なさで、18試合で17失点は、優勝した浦和レッズレディースと並んでリーグ最少タイ。GKと4バックの平均年齢は23歳でリーグ2位の若さだったが、新加入の三浦と3年目のDFイ・ヒョギョンのセンターバックコンビ、DF北川ひかると2年目のDF松原志歩の両サイドバックで構成される最終ラインは、ラインコントロールの安定感や球際での粘り強さが試合ごとに増していった印象だ。GK平尾知佳がシーズン途中でケガのために離脱することとなったが、GK高橋智子が堅守を引き継いだ。

 12月の皇后杯は、代表選手が多いリーグ上位2チームに好ゲームを展開。準々決勝では、INAC神戸レオネッサに2点ビハインドから3-2と逆転勝利。準決勝では、浦和に対して一糸乱れぬアグレッシブな守備で魅せた。結果は1-1で延長戦の末にPK戦で敗れたものの、同点ゴールを決めるなど、最後までチームを鼓舞し続けた上尾野辺は試合後、晴れやかな表情でこう言った。

上尾野辺めぐみ(写真:keimatsubara)
上尾野辺めぐみ(写真:keimatsubara)

「悔しいですが、みんなもやり切った感じが見えましたし、(試合後は)誰一人下を向くことなくロッカールームに戻りました。この1年間、いい雰囲気で戦ってこられたと感じています」

 チャレンジャーの姿勢を貫いて進化を見せたチームは、これまでの戦い方やコンセプトを軸にしつつ、プロリーグ1年目のシーズンを戦う。

【プロ1年目の新体制】

 WEリーグの監督には、JFA・S級(またはS級相当)もしくは同資格を取得中の者(女性に限る)、または、WEリーグで監督になる人材、後進の指導者を導くロールモデルとして女性指導者を対象に時限的に創設されたJFA・A-Pro(Associate-Proライセンス)の指導者資格を有する者、という要件がある。新潟は今季、新監督としてS級コーチライセンスを持つ村松大介監督を招聘。村松監督は、静岡産業大学の男女のサッカー部で監督やコーチなどを務めた経歴を持ち、女子では2015年から18年まで、なでしこリーグ静岡産業大学磐田ボニータ(現静岡SSUアスレジーナ/現なでしこリーグ2部)で指揮を執った。

 2008年からの5シーズンと、19年から2シーズンの計7シーズン、新潟で指揮を執ってきた奥山監督(A級ライセンス)は昨季に続き、GMとしてチームの強化を進める。

村松大介監督(写真:アルビレックス新潟レディース提供)
村松大介監督(写真:アルビレックス新潟レディース提供)

 2月8日にオンラインで行われた新体制発表記者会見で、村松監督は、「最後まで諦めない姿勢」「泥臭さ、ひたむきさ」や、「ピッチ内外で厳しいことも言い合えるチームの輪」といったチームのフィロソフィーを認識して受け継いでいくことを明かし、目標とするチーム像として、「苦しいときもあえて楽しめるようなチーム」「選手全員がピッチ上で人間力を押し出して精一杯プレーし、その姿を見て応援されるようなチーム」という2つの目標を掲げた。

 また、サッカーのスタイルについては、「チャンスがあれば素早くゴールに迫り、本当に危ない場面は全員で(ボールを)奪いにいって守るというベースを崩さず、積み上げながら、個がさらに良くなるように仕向けていきたいです。走るスピードだけではなく、思考も含めていろいろなところでスピードが上がっていく、躍動感があるサッカーができるといいと思います」と、理想を語った。

 村松監督の就任と合わせて、新潟で2016年までプレーしたOG選手で、昨年までU-18女子チームの監督を務めた西東友里コーチ(現役時代の旧姓は斎藤友里/日本サッカー協会公認A級指導者ライセンス)のコーチ就任も発表された。

 WEリーグがスタートする今冬のオフは各チームの選手が大きく入れ替わったが、新潟は他チームに比べて主力選手の多くが契約を更新している。新加入選手は6名を迎えた。

 伊賀FCくノ一三重から加入したFW道上彩花は、フィジカルの強さが魅力のセンターフォワードだ。前線の起点になることができ、個の強さもあるため、新たな得点源として期待がかかる。新潟とは過去2シーズンで4度対戦し、2得点と結果を残した。「(新潟は)守備が堅くて、チーム全員で攻撃を仕掛けてくる、すごくイヤな相手というイメージでした。強さが自分の一番の武器だと思いますし、そこを前面に出して貢献できたらと思います」と語り、個人の目標として「リーグ戦二桁得点」を掲げている。

道上彩花(写真:アルビレックス新潟レディース提供)
道上彩花(写真:アルビレックス新潟レディース提供)

 日体大FIELDS横浜から加入したMF茨木美都葉は、豊富なスタミナとテクニックがある。リハビリからのスタートとなるが、開幕までには半年以上ある。前チームでは、サイドハーフやサイドバックでプレーした経験もあり、昨季全試合フル出場したDF松原志歩(サンフレッチェ広島F.Cに移籍)の穴を埋める活躍に期待したい。

 そのほか、MF中江萌(←新潟医療福祉大女子サッカー部への期限付き移籍から復帰)、GK合田朱里(←神戸弘陵学園高)、FW山本結菜(←常盤木学園高)、MF沼尾圭都(←JFAアカデミー福島)ら、高校を卒業したルーキーを含む4名が加入した。

 25名の内訳は、GKが3名、DFが4名、MFが12名、FWが6名。レギュラーがケガやコンディション不良などに見舞われる可能性を考えると、ディフェンダー登録の選手の少なさは気になるところだ。

 これについては奥山GMも、「ディフェンスに関しては、ちょっと物足りなさを感じているのが正直なところです」と明かしており、「守備に関しては外国人選手の補強も含めて、視野に入れながら進めたいと思っています」と、9月の開幕までに補強を考えていることを明かした。

左から中江萌、道上彩花、合田朱里、村松監督、沼尾圭都、茨木美都葉、山本結菜(写真:アルビレックス新潟レディース提供)
左から中江萌、道上彩花、合田朱里、村松監督、沼尾圭都、茨木美都葉、山本結菜(写真:アルビレックス新潟レディース提供)

【競争力を増すアタッカー陣】

 新戦力を迎え、特に前線のポジション争いは激しくなることが予想される。テクニックのあるFW園田瑞貴や、1年目でコンスタントに出場機会を得た滝川結女、そして、同じく初年度から鮮烈なインパクトを残し、リーグでもトップレベルの決定率を誇る児野楓香、そして新加入の道上。その中でも、さらなる飛躍が予想されるのが、FW石淵萌実だ。攻守におけるハードワークと裏への抜け出しが秀逸で、泥臭さやダイナミックさを感じさせるプレーにも特徴がある。

 石淵は、2019年の冬に左膝半月板を手術し、長いリハビリを経て昨季のリーグ17節で復帰。リーグ戦は2試合の途中出場に留まったが、皇后杯では2回戦で約1年3カ月ぶりとなるゴールを決めると、3回戦(◯2-1ニッパツ横浜FCシーガルズ)で先発復帰を飾り、準々決勝(◯3−2 INAC)では逆転弾を決めて劇的な勝利を導いた。

「終盤戦にやっと怪我から復帰できて、リーグではチームに何も残すことができませんでした。手術をして、たくさんの人に支えられて復帰することができたので、皇后杯では恩返しをしようと考えていました」

 試合後に語ったその言葉には覚悟の響きと、静かな迫力があった。

 石淵の出身校である関西学院大学は私大の名門校だが、サッカーの強豪校ではない。だが、石淵は18年に関西学生女子サッカーリーグ2部で得点王に輝き、主将として同大学女子サッカー部を1部昇格に導いた。そして、同大学から初のなでしこリーグ1部チーム入団を勝ち獲っている。

 独自のキャリアを歩んできたその背景を綴った「なでしこブログ」(19年4月)は読み応えがあり、表現力も魅力だ。逆境を跳ねのけ、「日進月歩」でキャリアを切り開いてきたアタッカーが、プロとしてのキャリアをどう歩んでいくのか、興味深く見守っていきたい。

石淵萌実(写真:keimatsubara)
石淵萌実(写真:keimatsubara)

【サッカー界の試金石に】

 新潟は、「15名以上のプロ契約選手を抱える」というWEリーグの要件を満たした上で、プロ契約選手、学生選手、そして社会人選手から構成される。活躍すれば、アマチュアからプロへの転向もあるだろう。

 トップチームで戦える選手の育成や、競技人口を増やすための裾野の拡大に努め、アカデミーの強化にもさらに力を入れていく方向性が示されている。

 ホームスタジアムについては、デンカビッグスワンスタジアムと、新潟市陸上競技場が予定されている(後者はWEリーグのスタジアム基準となる大型映像装置がないため、5年以内の設置が求められる)。

 秋春制への移行期間となる今季は、9月の開幕から逆算したコンディション作りが難しい。4月24日から6月5日までの期間にプレシーズンマッチを行うことが決定しているが、それ以外のスケジュールは各チームに委ねられる。村松監督は、「シーズンが長丁場なので、メリハリを持てるように進めていきたいと思います」と語った。

 クラブは2002年にアルビレックス新潟の女子部門として発足し、2019年1月に、女子部の発展拡大を目指して分社化。地道な営業努力によってスポンサー企業も増え、地域に愛されるチーム作りを進めてきた。プロリーグへの参戦が、新潟の女子サッカー界が盛り上がる起爆剤となることを期待したい。

 そして、日本サッカー界では前例のない秋春制で、新潟の挑戦は、サッカー界にとっての試金石となる。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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