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決定率4割超えのワンタッチゴーラー。アルビレックス新潟レディースのFW児野楓香は“嗅覚”で勝負する

松原渓スポーツジャーナリスト
チャレンジ合宿に招集された(黄色いビブスが児野/写真:keimatsubara)

 女子サッカー日本一を決める皇后杯は、12月12日と13日に各地で3回戦が行われ、ベスト8が出揃った。

 なでしこリーグ1部の10チームと2部の6チームのうち、ベスト8に進出したのは1部の8チーム。各地の予選を勝ち抜いてきた大学や高校、クラブチームは2回戦までに敗退し、3回戦でも2部のチームが1部のチームを下す波乱はなかった。

 だが、引き分けがないトーナメント形式の大会だからこそ、番狂わせが起こりやすいのも事実だ。力を出し切って強者を打ち負かそうと意欲に燃える挑戦者の方が、心理的に優位になることがある。その挑戦を受ける側は、「勝って当然」という見方や、プレッシャーと闘わなければならない。

 13日に栃木県のカンセキスタジアムとちぎで行われた2試合は、そうした挑戦者たちの勢いに対して、迎え撃った2チームの勝負強さが光った。

 1部のマイナビベガルタ仙台レディースは、今季2部で優勝したスフィーダ世田谷FCのアグレッシブな守備に苦しんだ。スコアレスドローで延長戦に突入し、仙台が、今季での引退を発表しているFW有町紗央里の鮮やかな左足のゴールで一度はリードした。だが、残り10分、スフィーダのFW瀧下まひるがカウンター攻撃から前線に抜け出して決め、最後まで諦めずに食らいつく。試合は1-1でPK戦に突入し、1人が外したスフィーダに対し、仙台はキッカー全員が成功させて勝負強さを示した。

 同じく1部のアルビレックス新潟レディースは、2部で今季4位のニッパツ横浜FCシーガルズと対戦。2部最少失点だったシーガルズの守備は堅く、前半37分にはフリーキックの場面で、飛び出した新潟のGK高橋智子がボールに触ることができず、オウンゴールを献上してしまう。だが、流れの中で粘り強くチャンスを作ると、後半67分にはFKからMF川村優理がMF園田悠奈のライナー性のボールを頭で合わせて同点に。さらに、75分には右CKから川村がゴール前に入れ、最後はFW児野楓香が足で角度を変えたゴールで逆転。終了間際の88分にも、園田悠奈のクロスに児野が頭で合わせて3-1で勝利した。

 1ゴール1アシストで勝利に貢献した川村は、試合の流れをこう振り返る。

「前半は自分たちのリズムでボールを動かせなくて、失い方も悪くて相手のカウンターにまんまとはまっていたと思います。後半は、ボールを動かして空いているエリアを上手く使いながらサイドに展開したり、いい形でシュートまでいけるようになったので、いつかは追いつけるだろうと思いました。慌てることなく得点を重ねることができて良かったです」

 良い流れで後半の試合を進められたことは、前半の7本から15本に倍増したシュート本数にも表れている。その中でインパクトを残したのは、69分からピッチに立ち、2ゴールを決めた児野の決定力だ。勝利の立役者は、この試合の2得点をこう振り返った。

「みんなが疲れている時に、フレッシュな自分がどれだけ動けるかが大事だと思っていたので、こぼれ球を狙うことなども含めて思い切りプレーしました。1点目は後ろ向きだったので、足で角度を変えて決めました。2点目のヘディングは、いいボールが出てきたので、突っ込みました」

 今季、日体大FIELDS横浜から新潟に加入して1年目のシーズンを戦った児野は、公式戦16試合に出場し、9ゴールを決めた。2014年のU-17W杯と2018年のU-20W杯の優勝経験を持つ小柄なストライカーは、持ち前のゴールへの嗅覚を武器に、新天地で新たなステップを踏み出している。

新潟は今季リーグ戦5位でフィニッシュ。失点数はリーグ最少タイだった
新潟は今季リーグ戦5位でフィニッシュ。失点数はリーグ最少タイだった

【加入1年目の成果と課題】

 児野は154cmと小柄だが、細かいステップと独特の動き出しで相手のマークを外し、こぼれ球への反応が速い。皇后杯も合わせて今季決めた9ゴールのうち、ワンタッチゴールが「6」、ヘディングが「3」と、シュートまでのタッチ数が少ないのも特徴だ。なでしこリーグにはポストプレー、ドリブル、パス、ミドルシュートなど、複数のプレーを器用にこなすFWもいるが、児野はゴール前での駆け引きやこぼれ球への嗅覚で勝負してきた。

 今年の1月に取材で話を聞いた時には、「自分はサッカーが上手い選手ではないので、他の人にはない嗅覚と感覚を磨きながら、大事な時に点が取れるストライカーになりたいです」と、はにかんだような表情で、新潟でプレーする意気込みを語っていた。

 DFからすると、児野のように予測できない動きをするFWは厄介極まりないだろう。

 本人にとっても、そうした動き出しや、ボールがこぼれてくる場所を予測するプロセスを言語化するのは容易ではないようだ。それでも、このシーガルズ戦の後には、「(どのような状況でも)いつも自分のところにボールが来るかもしれない、と思ってプレーしています」と、常に集中を切らさないようにしていることを明かした。

 また、どんな試合でも「緊張しない」という。その胆力は、勝負どころで決める力と無関係ではないだろう。

 限られたチャンスをものにする力は、児野の優れた能力の一つだ。今季、リーグ戦で放ったシュート数は1試合あたり1本と少ないが、決定率は約43%と高い。

 リーグが算出する決定率ランキングは、「所属チームが行った試合数(18試合)×1本以上のシュートを打つ」という条件を満たした選手が対象になるため、児野は入らなかった(1位は日テレ・東京ヴェルディベレーザのFW小林里歌子で、40.6%)。ただし、開幕戦から、負傷で途中交代となった第8節のINAC神戸レオネッサ戦までは全試合に出場してランキング入りの条件を満たし、決定率60%で1位を快走していた。そのままコンスタントに試合に出場することができていたら、どうなっていただろうか。

 日体大FIELDSでプレーしていた昨季も、15試合で6ゴールを決めている。ケガでシーズン中に離脱していた時期があったため、フル出場した試合はわずか6試合にとどまったが、前半戦の9試合に限れば決定率は5割で、やはりリーグ1位だった。ケガから復帰後、年始の全日本大学女子サッカー選手権大会では準決勝と決勝でゴールを決め、大学日本一に貢献した。

 今年の皇后杯では2試合でシュート7本を放ち、3得点と効率よく得点しており、次のステージでも期待は高まる。一方で、児野は試合によって自分のプレーに波があることを認めている。

 奥山達之監督は、「2週間ぐらいパフォーマンスが良くなかった時期が続いていたのですが、最近はボールを収めるのかパスをするのか(というプレーの判断)を整理している最中なので、これからもっと良くなると思います」と、児野がゴール前の仕事だけでなく、プレーの幅を広げることに取り組んでいることを明かした。

 12月中旬に行われた「なでしこチャレンジキャンプ」には、新潟からはDF北川ひかる、園田悠奈とともに児野の3名が名を連ねた。初招集の児野は、「なでしこジャパンに食い込む」という目標に近づいた一方で、合宿から新たな課題を持ち帰った。

プレーの幅を広げることに取り組んでいる(右が児野/左は南野亜里沙)
プレーの幅を広げることに取り組んでいる(右が児野/左は南野亜里沙)

「相手の動きによって、自分のプレーを変えられるような余裕を持つことです。(代表候補として)生き残りたいという気持ちを持ち続けることが大事ですし、そのためにももっと頑張ろうと改めて思いました」

【注目の一戦】

 カンセキスタジアムとちぎで行われる19日の準々決勝で対戦するINAC神戸レオネッサは、新潟が過去に皇后杯の決勝戦で4度対戦し、いずれも涙を呑んできた因縁の相手だ。

 ともに新戦力が加わった今季の対戦成績は、1勝1敗。奥山監督は、「相手のことは理解しているつもりですし、相手もこちらを理解していると思います」と、駆け引きを優位に運びたい狙いを明かした。

 川村が、「(INACは)FWに強い選手もいるので、しっかり気をつけて戦いたいと思います。みんなで守って、みんなで攻めるのが自分たちの良さだと思うので、いい準備をしていきたいです」と話し、ホームのINAC戦で2ゴールを決めた児野は、「もっといいプレーをして、チームの勝利に貢献したいです。INACにはリーグ戦では(後半戦で)負けているので、(自分が)得点を取って勝ちたいです」と、言葉に力を込めた。

 代表選手を多く擁し、リーグ上位の攻撃力を誇るINACと、今季最少失点タイの新潟。互いの特徴を知り尽くした両者がどのような戦略で臨むのか。見応えのある一戦になりそうだ。

※文中の写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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